分科会「広島・長崎・ビキニ・福島を体験した国で、原発はなぜ再稼働されてしまうのか?」

昨日午後、スペースたんぽぽで開かれた分科会「広島・長崎・ビキニ・福島を体験した国で、原発はなぜ再稼働されてしまうのか?」の報告です。この分科会は、ピープルズ・プラン研究所と福島原発事故緊急会議の主催。会場には60人以上の参加者が詰めかけ、補助椅子を増やすほどの盛況でした。

分科会の趣旨は「敗戦直前、アメリカによって原爆が広島と長崎に投下され、アメリカによるビキニでの水爆実験により日本の漁民も死の灰をあび、さらには、東京電力福島第1原発事故で今も空に海に地上に放射能が放出され続けている。こうした歴史と現状の中で、なぜ日本の原発の再稼働ラッシュという事態が起きているのか。この流れに抗するために、何が可能か、ともに討論したい」ということです。

最初に、松久保肇さん(原子力資料情報室 国際担当)が「日本の核燃料サイクル−プルトニウムの夢と現実」というテーマで発言。

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 核と原子力の中間点にあたる核燃料サイクルの話をしたい。これは日本だけの問題ではなく、世界的な問題。なぜなら核の材料となるプルトニウムの問題だから。日本の核燃料サイクルは深刻な問題に直面している。これまでに貯まった48.7トンものプルトニウム(核弾道6,000発分相当)の使い道がない。

 日本が原子力委員会を発足させた1956年、アメリカ、ソ連、イギリスで増殖炉が稼働していた。しかし、1990年代中期以降、OECDで増殖炉研究開発を続けているのは日本だけとなった。日本でも、高速増殖炉の実用化の目標年度は年を追うごとに先延ばしされてきた。六ヶ所再処理工場の稼働予定も同様に先延ばし。六ケ所村で引き受けている廃棄物、使用済み燃料は再処理工場の完成が条件なので、再処理工場をやめるとは言えない。2007年頃は稼働間近となったかに見えたが、ガラス固定体製造でトラブルが発生し、稼働が遠のいた。

 日本のプルトニウム余剰に国際社会から懸念が表明されている(中国、アメリカなど)。世界的に見ると、核弾道を解体して生じたものを含めて、軍事用のプルトニウム量は増えていない。しかし、民生用プルトニウムの量は増え続けている。

 第二次大戦中、日本はアメリカの石油禁輸に直面して、エネルギー安全保障のため、人造石油(石炭液化)製造のために巨額の研究開発費をつぎ込んだ。しかし、思うように生産できなかった。エネルギー資源への不安→研究開発の実施→多額の投資→引くに引けなくなった、という構造は、人造石油も核燃料サイクルも同じ。

 核燃料サイクルの夢を終わらせるには、「プルトニウムの使いみちをなくす」、つまりもんじゅの息の根を止める、プルサーマルをやらせないことが大事。さらに「2018年7月、日米原子力協力協定の期限をむかえる」が、この協定は日本が再処理を実施するための基礎になっているので、自動更新させないためにも日本側で関心を高める必要がある。

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続いて発言した「ビキニ市民ネット焼津」代表の加藤さんは、1954年のビキニ事件が第五福竜丸だけの問題ではなく、実は1400隻以上の漁船、捕鯨船、商船などが被ばくしていた、それを政府も認めるに至ったと指摘しました。被ばくの影響で亡くなった人について「酒を飲み過ぎて死んだ」という形で隠ぺいされたことも明らかにされましたが、25日に聞いたチェルノブイリの状況とそっくりなことに驚かされました。

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