ATTAC関西緊急学習会報告(その3)〜当日配布資料②「超大国の対立が南チャイナ海の緊張を高めている」

学習会で配布した資料の続きとして、フィリピン・中国・アメリカの関係を南チャイナ海における緊張との関連で分析した文章を紹介します。

筆者のウォーデン・ベロさんは、09-15年にフィリピン下院議員(アクバヤン党)でしたが、南チャイナ海におけるフィリピンの領有権を主張して、「西フィリピン海」と呼称変更する法案を提出し、その法案は可決されました。15年3月に米国とフィリピンの関係等をめぐってアキノ政権と決別し、議員を辞職しています。

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超大国の対立が南チャイナ海の緊張を高めている

ウォーデン・ベロ

Superpower Conflicts Are Driving Tensions in the South China Sea

Foreign Policy in Focus (FPIF)、7月25日付

 

 

フィリピンは最近[7月12日]のハーグの国際仲裁裁判所の判決で大きな勝利を勝ち取ったように思える。この判決は南チャイナ海においてフィリピンや他の東南アジア諸国が領有権を主張する部分について、中国の領有権主張を無効であるとみなした。

常設仲裁裁判所は、中国の南チャイナ海の約90%に対する領有権主張を断罪して、この領域内の陸上造成物や海域が歴史的に中国の境界内に排他的に帰属してきたとする中国の主張を全面的に退けた。

ハーグ仲裁裁判所の判決はフィリピンだけでなく、南チャイナ海の他の部分の領有権を主張する他のすべての東南アジア諸国にとって有益であると言われている。また、これの判決は地球上のすべての地域における領海をめぐる国家間の紛争を解決するための重要な先例となると評価する人々もいる。

しかし、ハーグの評決はフィリピンにとって完全な勝利ではない。また、少なくとも当面、それは地域の平和への扉の鍵を開けるものではない。

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単なる領土問題ではない

 

南チャイナ海をめぐる騒ぎは単なる領土紛争ではない。実際には、それは基本的には米国と中国の間の熾烈な地政学的対抗関係から生じており、フィリピンや他の沿岸諸国は巻き添え被害に遭っているのである。

中国がこのような行動を取ってきた理由を理解するためには、1996年に中国の指導部が受けた大きなショックを思い起こす必要がある。中国はそれまで24年にわたって米国との雪解けと友好関係を築いてきた後に、台湾海峡危機をめぐるクリントン政権による2つの空母戦闘群(空母打撃群)の派遣という「力の誇示」に直面した。このうち空母ニミッツは挑発的に台湾海峡を航行した。これはこの地域においてはベトナム戦争後最大の米軍事力の誇示だった。

中国の懸念がさらに深まったのは、ジョージ・W・ブッシュ政権が2001年9月11日の攻撃よりも前に発表されている「国家安全保障戦略指令」の中で中国を「戦略的パートナー」から「戦略的競争相手」へと定義変更した時である。

9月11日以降はブッシュ大統領が対テロ戦争の中で中国の協力を得るために奮闘したため、この定義変更に伴う現実的な措置の多くは保留にされた。しかし、国防総省、国務省、ホワイトハウスの多くの人々は、ブッシュ政権の対テロ戦争と中東への冒険が米国の政策の真の戦略的中心であるべきもの、つまり主要な戦略的ライバルである中国に焦点を当てることから気をそらすものだと考えていた。

彼らはオバマ政権が「アジアへの旋回」あるいは「太平洋への旋回」をこの地域における米国の大戦略として打ち出した時、自分たちの願望が最終的に適ったと考えた。この戦略は多くの場合、中国を包囲するという計画を薄いベールで覆っただけのものとして特徴付けられてきた。

 

中国はどこで間違ったのか

 

「アメリカによる包囲」に対する中国の対応の中心的な要素は、南チャイナ海をその防御境界線の一部として扱うことだった。中国が犯した間違いは、この見解を押し付けるための一方的な行動の中にあった。

中国政府はこの水面が他の少なくとも6つの沿岸国(台湾を含む)と共有されており、合意された境界線がないことを知っていた。また、ASEAN諸国がこれらの境界を確定するための多国間協議を永年にわたって提唱してきたこともよく知っていた。さらに、中国政府は領海、排他的経済水域、公開区域の境界画定のための詳細なルールがすでに中国政府も批准している1982年の海洋法条約によって国際法に組み込まれているという事実を知らなかったわけではない。

しかし、中国政府はこれらのすべてを知っているにもかかわらず一方的な行動を始めた。始めに、1990年代半ばに、中国の漁民のための避難所を建設するという口実で、フィリピンの200マイル排他的経済水域内にあるミスチーフ環礁を切り取り、要塞化した。次に、2009年には、南チャイナ海とその近海/関連海域内のすべての島と陸上造成物に対する中国の「争う余地のない主権」を一方的に宣言する包括的主張を行った。

中国政府による国連への通知には悪名高い「9段線」の地図が添付されていた。西フィリピン海(南チャイナ海のフィリピンでの呼称)の島々や海が中国の先祖伝来の領土・領海である、あるいは現存しない1940年代後半の国民党下の中国の古地図にそれが含まれるという非公式の言及がなされているが、9段線の公式の説明はこの時点でもその後にも提供されていない。

中国がこのような行動を取っているのにはいくつかの理由があるが、その中心的なものは、この地域を米国政府の包囲に対する中国の防御境界線の一部とするという戦略的決定である。しかし、この目標を達成するために中国は大国としての振る舞いに訴えた。それは近隣諸国を米国との地政学的対抗の巻き添え被害を受けるしかない国として扱うものであり、西側諸国がそのようなことをした場合に中国がしばしば非難してきたような振る舞いである。

中国は異なる行動を取ることもできただろう。たとえば、ASEANと協力して多国間条約を作り上げ、この地域を大国間の対立から隔離し、当事国がこの地域内での領有権主張に関連して取る行動を統括する行動基準に関する協議を開始することである。実際、中国とASEAN諸国は2002年にそれらのことについて協議することに合意していた。

そうする代わりに中国政府は、アメリカと同様の単独主義的やり方を選択し、きわめて疑わしい文書に基づいて、ありもしない権利をでっち上げたのである。

 

致命的な矛盾

 

フィリピン政府が2013年1月にこの問題についてハーグの常設仲裁裁判所に提訴したのは正しかった。なぜなら、1982年の海洋法条約やその他の判例に従って紛争を解決するための適切な国際法律文書が存在するからだ。

 

この問題に深く関わってきた人々の多くにとって – 当時フィリピン下院議員だった私も含めて - 法律的にはフィリピン側が圧倒的に有利であることは明らかだった。私たちは、ハーグの仲裁裁判所の司法管轄権を認めていない中国が、この裁判所の判決に即座に従うことはありそうにないとわかっていた。しかし、私たちの権利についての国際的な法的認知と、それに伴う道徳的権威を獲得することは、これから何年も続くと予想される闘争の中で重要な資産になるだろうと私たちは考えた。

しかし、その後フィリピン政府は脱線し、米国との軍事協定に身を任せることとなった。それは再びフィリピンを米国の東アジアの地上における影響力拡大のための発射台にするものであり、オバマ政権の「アジアへの旋回」という大戦略に組み込むものである。

私は今でも、当時のフィリピン大統領のベニグノ・アキノ3世と外務大臣のアルベルト・デル・ロサリオがどういうつもりでハーグでの平和的な法的手段を追求しつつ、同時に挑発的な軍事的方法を追求しようとしたのかを知りたいと思う。それは国際法を守るよう説得したい相手を封じ込めることにほかならない。彼らはこれらの2つの手段が相互補完的であると考えていたのかも知れない。そうであったのなら、それは高価な判定ミスだった。

フィリピンと米国は2014年4月にオバマ大統領がマニラを訪問した際に、防衛協力強化協定(EDCA)に署名した。この協定(無期限)によって米国は訓練目的でフィリピンに軍隊をローテーションで駐留させるだけでなく、固定された基地に兵員、武器、物資を配備できるようになり、それらの基地は名目上はフィリピンの所有だが、米国が全面的な運用上の管理権を握ることになる。

米国にとってのフィリピンの主な価値は、常に、アジアの大陸部に力を及ぼすための理想的な場所であるということだった。米国はクラーク空軍基地とスービック海軍基地が火山の爆発と民族主義の高揚の重なりの中で閉鎖を余儀なくされてから20年余を経て、再びこの利点を手にしたのである。中国の封じ込めは米国政府の新しい大戦略であり、その中でフィリピンは日本の米軍基地、第7艦隊として知られている移動海軍基地と共に、米国の戦略の3つの先端の1つとなった。

アキノ政権はフィリピン国民にEDCAを売り込むために、それが米国に南チャイナ海においてわれわれが領海であると宣言している区域およびわれわれの排他的経済水域の防衛に関与させる1つの方法であると説明した。実際にはEDCAにそのような規定はない。政府のプロパガンダは意図的かつ詐欺的にこの事実に触れなかった。米国政府は日本が領有権を主張している尖閣諸島の場合と異なって、フィリピンが領有権を主張する南沙諸島および陸上造成物を防衛対象区域に含めていない。

実際、これらの島に対するフィリピンの主権を承認するかどうかという質問に対して米国政府が繰り返している回答は、「主権の問題には干渉しない」というものだ。2014年4月のオバマ大統領のマニラ訪問時の南沙諸島に関する沈黙は、彼がその数日前、日本滞在中に行った尖閣諸島の防衛に対する明確なコミットメントとは対照的だったことも指摘しておくべきだろう。

では、フィリピンは何を得たのか? 軍事援助である。主に沿岸警備隊の哨戒艦(米国が第2次世界大戦時代に使い、その後改修したもの)である。驚くべきことに、アキノ政権は米国が使用する基地の使用料を要求しないことを決定した。20年前には私たちは米国によるスービック海軍基地、クラーク空軍基地、および他のいくつかの軍事施設の使用に対して年1800万ドルの使用料を得ていた。米国政府との軍事協定が必要だと考えた場合でも - 私はこの仮定に強く反対するが - EDCAは損な取引きである。

しかしEDCAにはもっと大きな問題があった。この協定が締結される前に私たちの何人かがアキノに対して、EDCAでは南チャイナ海の領有に関して米国からいかなる保証も得られないだけでなく、締結した場合に領海問題の解決から一層遠ざかることになると警告していた。

それは何故か? 中国と米国の超大国間の対抗の力学によって領土問題が脇に追いやられるからである。EDCAが締結されるまでは、フィリピンは力は小さいが、無視できない存在だった。しかし、EDCAを通じてフィリピンは超大国の抗争の一方の当事者の駒に変わってしまった。ベトナムやマレーシアは中国との立場の違いがあり、ベトナムの場合には公然とした小競り合いさえ起こっているが、それでも中国はこれらの国を隣国として扱っている。やっかいではあるが、隣国は隣国である。

EDCAを締結することによって、フィリピンは別のカテゴリーへ移行した。中国の戦略的ライバルの同盟国である。

中国封じ込めを決意している国との軍事同盟に加わることによって、唯一の適切なルートである法律・外交のルートを逸脱したために、フィリピンがハーグの仲裁裁判所における勝利によって得られるはずだったモラル上の力と外交上の信頼が損なわれてしまった。中国はフィリピンを米国の中国包囲の大戦略の使い走りとして描き出すことによって、法律上の勝利にケチを付けようとするだろう。

 

どこに進むべきか?

 

ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の新政権はハーグの判決に対して、歓迎するが、やたらに旗を振り回さないという冷静で賢明な対応を行っている。

新政権が慎重な姿勢を示しているのは正しいことだ。なぜなら、前政権から、法律上の訴えは成功したが挑発的な軍事同盟によってその成功が損なわれたという困った遺産を引き継いだからである。では、新政権は南チャイナ海問題でどのように中国にアプローチするべきか?

私は紛争の激化が不可避だとは考えない。開かれた姿勢でわれわれの前提を再検討し、異なる戦略を試すこと、それに幸運が組み合わされば、改善に向かう可能性がある。もちろんそれが簡単なことでないことは認めなければならないが。

中国は非妥協的であることの不利を理解できる程度には、自国の国際的イメージに十分な関心を持っているとしよう。特に、超大国としての尊重と、世界秩序を不安定にすることに熱中しているのではないという信頼を得ようとしている時にはそうである。また、中国は、将来における隣国との関係において、時には公然たる紛争に転化しかねない果てしない緊張関係よりも、平和的な関係を好むだろうと考えてみよう。

これらのことが事実であれば、解決に向けたいくつかの可能なステップがある。

第一に、中国の行動を動機づけているのが基本的には軍事的要素であることから、フィリピンと中国は両国間の緊張を鎮静化する方法についての二国間協議を持つことに同意することができるだろう。この協議の目的は領土問題そのものの解決ではなく、軍事的緊張の緩和である。考えられる1つの提案は、EDCAの施行を凍結することと引き換えに、中国が基地建設の活動を凍結することである。この協議における焦点が海事紛争ではないとしても、何らかの形でそれに言及することは避けられないだろう。だから中国がそれに言及しないことを交渉の前提条件とするのは間違いであり、フィリピンにとって受け入れられないだろう。

第二に、おそらくフィリピンと中国の二国間協議と同時に、ASEANと中国は、南チャイナ海に対する領有権を主張するすべての当事国が領有権主張に関連して取る行動を統括する行動基準に関する協議を開始することができるだろう。これは2002年に合意されており、永年にわたって先延ばしにされてきたことである。

第三に、以上の2つの信頼醸成措置に一定の進展があった場合に、ASEANと中国は南チャイナ海の非軍事化と非核化を達成するための交渉に進むことができるだろう。その目標はすべての当事国(米国などの関係国を含む)を拘束する多国間条約を練り上げることである。

そのような合意は、当然のこととして、フィリピン側がEDCAを破棄することと、中国側が南チャイナ海における軍事構造物を解体することを必要とするだろう。この多国間条約はASEANにおけるこれまでの2つの条約、つまり、ASEANを平和・自由・中立地域とするための条約(ZOPFAN)、および東南アジア非核兵器地域条約(SEANWFZ)を補強することになるだろう。また、制御不可能な軍拡競争を促進するだけの危険かつ不安定なパワー・バランス政策に代わる東アジア規模の地域安全保障条約の先陣となる可能性がある。

最後に、ASEANと中国は排他的経済水域と大陸棚に関する競合する領有権主張を解決し、漁業その他の資源の共同開発について協議するプロセスを開始できるかも知れない。政治的に微妙な問題であることを考慮すれば、本格的な条約や協定ではなく、事実上の取り決めであってもかまわない。必ずしも中国が9段線の領有権主張を正式に放棄することを、少なくともすぐには、要求しなくてもよいだろう。

フィリピン政府の外交は、西フィリピン海におけるフィリピンの権利を確認したハーグ判決にしっかりと依拠しなければならないが、そのことと米国政府の軍事的封じ込め戦略からの離脱、ASEANの隣国との非常に緊密な協力、そして中国政府との交渉を遠い目標に向けて進めてゆく意欲と忍耐を組み合わせる必要がある。

結局のところフィリピン人も中国人も同じアジア人であり、植民地主義、帝国主義、冷戦、そして継続的な外部勢力による覇権計画によって分断されてきた人民である。両側からこの分断に橋を架けるために尽力する時である。そのプロセスが、当初はいかに困難であるとしてもである。勇ましく旗を振り、偽りの解決策に突き進む時代は終わった。今こそ、真剣なエンゲージメント(関与)の時である。

 

[筆者は1990年代後半から2000年代にかけて「フォーカス・オン・ザ・グローバルサウス」の代表として、新自由主義的グローバリゼーションに反対する国際的な運動を牽引。09-15年にフィリピン下院議員(アクバヤン党)。南チャイナ海におけるフィリピンの領有権を主張して、「西フィリピン海」と呼称変更する法案を提出(可決された)。15年3月に米国とフィリピンの関係等をめぐってアキノ政権と決別、議員を辞職]。

 

 

超大国の対立が南チャイナ海の緊張を高めている

ワルデン・ベロ

Superpower Conflicts Are Driving Tensions in the South China Sea

Foreign Policy in Focus (FPIF)、7月25日付

 

 

フィリピンは最近[7月12日]のハーグの国際仲裁裁判所の判決で大きな勝利を勝ち取ったように思える。この判決は南チャイナ海においてフィリピンや他の東南アジア諸国が領有権を主張する部分について、中国の領有権主張を無効であるとみなした。

常設仲裁裁判所は、中国の南チャイナ海の約90%に対する領有権主張を断罪して、この領域内の陸上造成物や海域が歴史的に中国の境界内に排他的に帰属してきたとする中国の主張を全面的に退けた。

ハーグ仲裁裁判所の判決はフィリピンだけでなく、南チャイナ海の他の部分の領有権を主張する他のすべての東南アジア諸国にとって有益であると言われている。また、これの判決は地球上のすべての地域における領海をめぐる国家間の紛争を解決するための重要な先例となると評価する人々もいる。

しかし、ハーグの評決はフィリピンにとって完全な勝利ではない。また、少なくとも当面、それは地域の平和への扉の鍵を開けるものではない。

 

単なる領土問題ではない

 

南チャイナ海をめぐる騒ぎは単なる領土紛争ではない。実際には、それは基本的には米国と中国の間の熾烈な地政学的対抗関係から生じており、フィリピンや他の沿岸諸国は巻き添え被害に遭っているのである。

中国がこのような行動を取ってきた理由を理解するためには、1996年に中国の指導部が受けた大きなショックを思い起こす必要がある。中国はそれまで24年にわたって米国との雪解けと友好関係を築いてきた後に、台湾海峡危機をめぐるクリントン政権による2つの空母戦闘群(空母打撃群)の派遣という「力の誇示」に直面した。このうち空母ニミッツは挑発的に台湾海峡を航行した。これはこの地域においてはベトナム戦争後最大の米軍事力の誇示だった。

中国の懸念がさらに深まったのは、ジョージ・W・ブッシュ政権が2001年9月11日の攻撃よりも前に発表されている「国家安全保障戦略指令」の中で中国を「戦略的パートナー」から「戦略的競争相手」へと定義変更した時である。

9月11日以降はブッシュ大統領が対テロ戦争の中で中国の協力を得るために奮闘したため、この定義変更に伴う現実的な措置の多くは保留にされた。しかし、国防総省、国務省、ホワイトハウスの多くの人々は、ブッシュ政権の対テロ戦争と中東への冒険が米国の政策の真の戦略的中心であるべきもの、つまり主要な戦略的ライバルである中国に焦点を当てることから気をそらすものだと考えていた。

彼らはオバマ政権が「アジアへの旋回」あるいは「太平洋への旋回」をこの地域における米国の大戦略として打ち出した時、自分たちの願望が最終的に適ったと考えた。この戦略は多くの場合、中国を包囲するという計画を薄いベールで覆っただけのものとして特徴付けられてきた。

 

中国はどこで間違ったのか

 

「アメリカによる包囲」に対する中国の対応の中心的な要素は、南チャイナ海をその防御境界線の一部として扱うことだった。中国が犯した間違いは、この見解を押し付けるための一方的な行動の中にあった。

中国政府はこの水面が他の少なくとも6つの沿岸国(台湾を含む)と共有されており、合意された境界線がないことを知っていた。また、ASEAN諸国がこれらの境界を確定するための多国間協議を永年にわたって提唱してきたこともよく知っていた。さらに、中国政府は領海、排他的経済水域、公開区域の境界画定のための詳細なルールがすでに中国政府も批准している1982年の海洋法条約によって国際法に組み込まれているという事実を知らなかったわけではない。

しかし、中国政府はこれらのすべてを知っているにもかかわらず一方的な行動を始めた。始めに、1990年代半ばに、中国の漁民のための避難所を建設するという口実で、フィリピンの200マイル排他的経済水域内にあるミスチーフ環礁を切り取り、要塞化した。次に、2009年には、南チャイナ海とその近海/関連海域内のすべての島と陸上造成物に対する中国の「争う余地のない主権」を一方的に宣言する包括的主張を行った。

中国政府による国連への通知には悪名高い「9段線」の地図が添付されていた。西フィリピン海(南チャイナ海のフィリピンでの呼称)の島々や海が中国の先祖伝来の領土・領海である、あるいは現存しない1940年代後半の国民党下の中国の古地図にそれが含まれるという非公式の言及がなされているが、9段線の公式の説明はこの時点でもその後にも提供されていない。

中国がこのような行動を取っているのにはいくつかの理由があるが、その中心的なものは、この地域を米国政府の包囲に対する中国の防御境界線の一部とするという戦略的決定である。しかし、この目標を達成するために中国は大国としての振る舞いに訴えた。それは近隣諸国を米国との地政学的対抗の巻き添え被害を受けるしかない国として扱うものであり、西側諸国がそのようなことをした場合に中国がしばしば非難してきたような振る舞いである。

中国は異なる行動を取ることもできただろう。たとえば、ASEANと協力して多国間条約を作り上げ、この地域を大国間の対立から隔離し、当事国がこの地域内での領有権主張に関連して取る行動を統括する行動基準に関する協議を開始することである。実際、中国とASEAN諸国は2002年にそれらのことについて協議することに合意していた。

そうする代わりに中国政府は、アメリカと同様の単独主義的やり方を選択し、きわめて疑わしい文書に基づいて、ありもしない権利をでっち上げたのである。

 

致命的な矛盾

 

フィリピン政府が2013年1月にこの問題についてハーグの常設仲裁裁判所に提訴したのは正しかった。なぜなら、1982年の海洋法条約やその他の判例に従って紛争を解決するための適切な国際法律文書が存在するからだ。

 

この問題に深く関わってきた人々の多くにとって – 当時フィリピン下院議員だった私も含めて - 法律的にはフィリピン側が圧倒的に有利であることは明らかだった。私たちは、ハーグの仲裁裁判所の司法管轄権を認めていない中国が、この裁判所の判決に即座に従うことはありそうにないとわかっていた。しかし、私たちの権利についての国際的な法的認知と、それに伴う道徳的権威を獲得することは、これから何年も続くと予想される闘争の中で重要な資産になるだろうと私たちは考えた。

しかし、その後フィリピン政府は脱線し、米国との軍事協定に身を任せることとなった。それは再びフィリピンを米国の東アジアの地上における影響力拡大のための発射台にするものであり、オバマ政権の「アジアへの旋回」という大戦略に組み込むものである。

私は今でも、当時のフィリピン大統領のベニグノ・アキノ3世と外務大臣のアルベルト・デル・ロサリオがどういうつもりでハーグでの平和的な法的手段を追求しつつ、同時に挑発的な軍事的方法を追求しようとしたのかを知りたいと思う。それは国際法を守るよう説得したい相手を封じ込めることにほかならない。彼らはこれらの2つの手段が相互補完的であると考えていたのかも知れない。そうであったのなら、それは高価な判定ミスだった。

フィリピンと米国は2014年4月にオバマ大統領がマニラを訪問した際に、防衛協力強化協定(EDCA)に署名した。この協定(無期限)によって米国は訓練目的でフィリピンに軍隊をローテーションで駐留させるだけでなく、固定された基地に兵員、武器、物資を配備できるようになり、それらの基地は名目上はフィリピンの所有だが、米国が全面的な運用上の管理権を握ることになる。

米国にとってのフィリピンの主な価値は、常に、アジアの大陸部に力を及ぼすための理想的な場所であるということだった。米国はクラーク空軍基地とスービック海軍基地が火山の爆発と民族主義の高揚の重なりの中で閉鎖を余儀なくされてから20年余を経て、再びこの利点を手にしたのである。中国の封じ込めは米国政府の新しい大戦略であり、その中でフィリピンは日本の米軍基地、第7艦隊として知られている移動海軍基地と共に、米国の戦略の3つの先端の1つとなった。

アキノ政権はフィリピン国民にEDCAを売り込むために、それが米国に南チャイナ海においてわれわれが領海であると宣言している区域およびわれわれの排他的経済水域の防衛に関与させる1つの方法であると説明した。実際にはEDCAにそのような規定はない。政府のプロパガンダは意図的かつ詐欺的にこの事実に触れなかった。米国政府は日本が領有権を主張している尖閣諸島の場合と異なって、フィリピンが領有権を主張する南沙諸島および陸上造成物を防衛対象区域に含めていない。

実際、これらの島に対するフィリピンの主権を承認するかどうかという質問に対して米国政府が繰り返している回答は、「主権の問題には干渉しない」というものだ。2014年4月のオバマ大統領のマニラ訪問時の南沙諸島に関する沈黙は、彼がその数日前、日本滞在中に行った尖閣諸島の防衛に対する明確なコミットメントとは対照的だったことも指摘しておくべきだろう。

では、フィリピンは何を得たのか? 軍事援助である。主に沿岸警備隊の哨戒艦(米国が第2次世界大戦時代に使い、その後改修したもの)である。驚くべきことに、アキノ政権は米国が使用する基地の使用料を要求しないことを決定した。20年前には私たちは米国によるスービック海軍基地、クラーク空軍基地、および他のいくつかの軍事施設の使用に対して年1800万ドルの使用料を得ていた。米国政府との軍事協定が必要だと考えた場合でも - 私はこの仮定に強く反対するが - EDCAは損な取引きである。

しかしEDCAにはもっと大きな問題があった。この協定が締結される前に私たちの何人かがアキノに対して、EDCAでは南チャイナ海の領有に関して米国からいかなる保証も得られないだけでなく、締結した場合に領海問題の解決から一層遠ざかることになると警告していた。

それは何故か? 中国と米国の超大国間の対抗の力学によって領土問題が脇に追いやられるからである。EDCAが締結されるまでは、フィリピンは力は小さいが、無視できない存在だった。しかし、EDCAを通じてフィリピンは超大国の抗争の一方の当事者の駒に変わってしまった。ベトナムやマレーシアは中国との立場の違いがあり、ベトナムの場合には公然とした小競り合いさえ起こっているが、それでも中国はこれらの国を隣国として扱っている。やっかいではあるが、隣国は隣国である。

EDCAを締結することによって、フィリピンは別のカテゴリーへ移行した。中国の戦略的ライバルの同盟国である。

中国封じ込めを決意している国との軍事同盟に加わることによって、唯一の適切なルートである法律・外交のルートを逸脱したために、フィリピンがハーグの仲裁裁判所における勝利によって得られるはずだったモラル上の力と外交上の信頼が損なわれてしまった。中国はフィリピンを米国の中国包囲の大戦略の使い走りとして描き出すことによって、法律上の勝利にケチを付けようとするだろう。

 

どこに進むべきか?

 

ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の新政権はハーグの判決に対して、歓迎するが、やたらに旗を振り回さないという冷静で賢明な対応を行っている。

新政権が慎重な姿勢を示しているのは正しいことだ。なぜなら、前政権から、法律上の訴えは成功したが挑発的な軍事同盟によってその成功が損なわれたという困った遺産を引き継いだからである。では、新政権は南チャイナ海問題でどのように中国にアプローチするべきか?

私は紛争の激化が不可避だとは考えない。開かれた姿勢でわれわれの前提を再検討し、異なる戦略を試すこと、それに幸運が組み合わされば、改善に向かう可能性がある。もちろんそれが簡単なことでないことは認めなければならないが。

中国は非妥協的であることの不利を理解できる程度には、自国の国際的イメージに十分な関心を持っているとしよう。特に、超大国としての尊重と、世界秩序を不安定にすることに熱中しているのではないという信頼を得ようとしている時にはそうである。また、中国は、将来における隣国との関係において、時には公然たる紛争に転化しかねない果てしない緊張関係よりも、平和的な関係を好むだろうと考えてみよう。

これらのことが事実であれば、解決に向けたいくつかの可能なステップがある。

第一に、中国の行動を動機づけているのが基本的には軍事的要素であることから、フィリピンと中国は両国間の緊張を鎮静化する方法についての二国間協議を持つことに同意することができるだろう。この協議の目的は領土問題そのものの解決ではなく、軍事的緊張の緩和である。考えられる1つの提案は、EDCAの施行を凍結することと引き換えに、中国が基地建設の活動を凍結することである。この協議における焦点が海事紛争ではないとしても、何らかの形でそれに言及することは避けられないだろう。だから中国がそれに言及しないことを交渉の前提条件とするのは間違いであり、フィリピンにとって受け入れられないだろう。

第二に、おそらくフィリピンと中国の二国間協議と同時に、ASEANと中国は、南チャイナ海に対する領有権を主張するすべての当事国が領有権主張に関連して取る行動を統括する行動基準に関する協議を開始することができるだろう。これは2002年に合意されており、永年にわたって先延ばしにされてきたことである。

第三に、以上の2つの信頼醸成措置に一定の進展があった場合に、ASEANと中国は南チャイナ海の非軍事化と非核化を達成するための交渉に進むことができるだろう。その目標はすべての当事国(米国などの関係国を含む)を拘束する多国間条約を練り上げることである。

そのような合意は、当然のこととして、フィリピン側がEDCAを破棄することと、中国側が南チャイナ海における軍事構造物を解体することを必要とするだろう。この多国間条約はASEANにおけるこれまでの2つの条約、つまり、ASEANを平和・自由・中立地域とするための条約(ZOPFAN)、および東南アジア非核兵器地域条約(SEANWFZ)を補強することになるだろう。また、制御不可能な軍拡競争を促進するだけの危険かつ不安定なパワー・バランス政策に代わる東アジア規模の地域安全保障条約の先陣となる可能性がある。

最後に、ASEANと中国は排他的経済水域と大陸棚に関する競合する領有権主張を解決し、漁業その他の資源の共同開発について協議するプロセスを開始できるかも知れない。政治的に微妙な問題であることを考慮すれば、本格的な条約や協定ではなく、事実上の取り決めであってもかまわない。必ずしも中国が9段線の領有権主張を正式に放棄することを、少なくともすぐには、要求しなくてもよいだろう。

フィリピン政府の外交は、西フィリピン海におけるフィリピンの権利を確認したハーグ判決にしっかりと依拠しなければならないが、そのことと米国政府の軍事的封じ込め戦略からの離脱、ASEANの隣国との非常に緊密な協力、そして中国政府との交渉を遠い目標に向けて進めてゆく意欲と忍耐を組み合わせる必要がある。

結局のところフィリピン人も中国人も同じアジア人であり、植民地主義、帝国主義、冷戦、そして継続的な外部勢力による覇権計画によって分断されてきた人民である。両側からこの分断に橋を架けるために尽力する時である。そのプロセスが、当初はいかに困難であるとしてもである。勇ましく旗を振り、偽りの解決策に突き進む時代は終わった。今こそ、真剣なエンゲージメント(関与)の時である。

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