韓国を無視するアメリカ 目を覚ませ〜ネーション誌から

米国「ザ・ネーション」紙の記事をニューヨーク在住の大竹秀子さんが翻訳・公開されています。大竹さんのブログはこちらから。

多くの方に読んでいただきたい内容なので、大竹さんのご厚意により転載させていただきます。なお、英語の原文はこちらから

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May 9, 2017

北朝鮮の「脅威」、アメリカの圧力をもろともせず、権力を濫用した右派前政権を倒し、民衆を代表する指導者を選んだ韓国の人々に深い敬意をこめて、「ネイション」誌に掲載された(2017年5月5日付け)ティム・ショロックさんの記事”The United States Should Listen to South Korea – or It Will Reap the Whirlwind”をざざっと訳してみました。(翻訳・文責=大竹秀子)


原文テキスト=ティム・ショロック

光州、韓国 ― 5月2日、韓国の政治家で来週火曜の大統領選で当選確実と予測されているムン・ジェイン(文在寅)は、アメリカに対して断固とした警告を発した。ワシントン・ポスト紙のインタビューに応えてムンは、アメリカと北朝鮮との間の緊張の高まりを指摘し、「朝鮮半島問題では韓国が主導権を握るべきだ」「韓国は、後塵を拝するべきではない」と述べた。

ムンは韓国の左派に強固なルーツをもつ進歩派政治家で、選挙戦を通してこのことばを何度も口にしている。米韓の力関係を変え、これまで以上に独立した外交を求める国民の要望に応えたいというムンの望みが、この言葉にこめられている。ムンがとりわけ望むのは、経済的・政治的なイニシアチブを用いて北との緊張を緩和することだが、米政権の多くにとっては、受け入れがたい姿勢だ。

アメリカ政府、議会、国防総省は、ムンと彼に票を入れる人たちの声に耳を傾けるべきだ。ここ2ヶ月間、トランプは過去40年間のどの大統領よりも露骨に韓国を無視した。トランプとアメリカの政治家、そしてトランプの北朝鮮への軍事的アプローチを支援するそのお仲間たちが注意を払わず、韓国の望みを無視し続ければ、韓国で1980年以来、最も深刻な反米の動きに火をつけることになりかねない。

1980年、韓国で実権を掌握した将軍グループに対し、光州で市民が蜂起した。米カーター政権は、人権をアメリカの外交政策の中心にすえていたにも関わらず、韓国軍による民衆の鎮圧を支援し、韓国初の「民主主義の春」つぶしを助けたのだ。

1996年に私が明らかにしたように、米政権は、韓国の特殊部隊がほんの数日前に数百人を虐殺したことを知りながら、この決定をしたのだ。この出来事により米韓関係は長年にわたる痛手を被り、数多くの韓国の人々のアメリカ観がこれをもとに形作られることになった。

確かに、韓国で、光州事件のような弾圧が再び起きることはないありそうにない。そしてアメリカは、ソウルの軍有力者への支援が韓国でのアメリカの道徳的権威を著しく損なうということをずいぶん前に学んだ。だが、こと国家安全保障の問題になると、アメリカの高官たちは、長年にわたり、好んで韓国の右派と手を携えてきた。

過去2代の米政権時代、アメリカの高官たちはパククネ(朴槿恵)前大統領が取った北朝鮮への強硬路線を尊重した。だが、パククネは、何百万人もの怒れる市民たちが参加した数か月にわたるろうそくデモの末、罷免され、現在は獄中にあり、汚職と権力濫用の嫌疑で裁判を待っている。アメリカ政府は、パククネの前任者で保守派のイ・ミョンバク(李 明博)大統領も支持していた。

しかし、いまでは、パクとイの政策は、北朝鮮との現在の緊張を掻き立てたとして、韓国の世論で強い非難を受けている。ムン候補は選挙戦でこのテーマを取り上げ、かつて韓国の進歩派の大統領キム・デジュン(金大中)とノ・ムヒョン(盧武鉉)が擁した「太陽政策」への回帰を呼びかけた。Twitter フィード “Ask a Korean”によると、パクの右派政党の残存者たちは、悪質な赤狩り広告を出して、ムンやその他の左派候補者たちを北朝鮮のまわし者として描く対抗策をとっている。

しかし、ムンは9日の総選挙前の世論調査で支持率42.5 % 。2位の中道系のアン・チョルス(安哲秀)候補と18.6%の差をつけており、まず間違いなく大統領の座を手にすることになるだろう。立候補している他の左派候補、労働運動家のシム・サンジョン(沈相奵) を数に入れれば、左派が投票の49.7 を獲得することも可能なのだ。2008年以来、保守派が政権を握ってきた国で、しかも共産国である北朝鮮と激しい緊張下にある時期に、これは驚くべき数字だ。そのため、今回の選挙は、トランプに、過去10年間、保守派が主導していた国とはおおいに違う韓国に対処するよう強いることになるだろう。

韓国にまつわるトランプの「お粗末」は、4月半ばに始まった。この日トランプは、キム・ジョンウン(金 正恩)の北朝鮮に先制攻撃をかけることもできるよう、朝鮮半島周辺の海域に「大艦隊」を派遣すると述べた。韓国のすべての政治家たちは党派を問わず、そのような行動に関してはソウルに相談するよう要求した。が、その後、アメリカ自身と同じく、韓国も、この航空母艦の艦隊は朝鮮半島近からはるか遠くにいることがわかった。この面目まるつぶれのダメージにより、大勢の人々が利用され操られたと感じた。

次に起きたのは、トランプの「韓国はもともと、中国の一部だった」という愚かなツイートだった。これまた、党派を超えた反発をくらい糾弾された。だが、なによりも侮辱的な動きは、4月25日に起きた。米国防総省が、北朝鮮のミサイル実験の強化を口実にして、慶尚北道(キョンサンプク ド)の企業のゴルフ場に高高度防衛ミサイル(THAAD) を一方的に配備したのだ。

国防総省のこの措置は、多くの政治家たちの 反対を押し切って行われた。ムンも反対した一人で、何か月も前から、THAAD に関する決定は次期政権に委ねるべきだと主張していた。ムンは、配備の動きを「既成事実化」と呼び、報道陣に対し、THAAD は、選挙前に「急いで行うべきではない」と述べた。ムンやその他の大勢の政治家たちは、トランプがTHAAD 配備の対価として韓国に10億ドルの支払いを要求したため、さらに怒りをつのらせた。Korea Times 紙は、5月2日付けで 「THAAD の請求書で米韓同盟に緊張」という大見出しの記事を一面に載せた。

1枚の写真がTHAAD に対する民衆の怒りをさらにかきたてた。写っていたのは、ビデオ撮影をしているアメリカのGIたち。配備を阻止しようとする、大勢のお年寄りを含む数千人の地元住民を機動隊が押し戻し殴打するところを撮影していたのだ。抗議運動はいまも行われているが、この写真に撮られたサインは、高まる政治的動揺を象徴していた。サインのひとつには、こう書かれていた。「へーい、アメリカ!君たちは友達なのか?占領部隊なのか?」。この写真が多くの新聞の一面にでかでかと載った。私が韓国でレポーターをしていた1985年以来、ここまであからさまに反米感情が表現されたのは、はじめてのことだ。

だが実は、トランプの行動や態度は、目新しいものではない。その言動は、韓国でのアメリカの政策に染み付いた問題、すなわち、韓国を意志と精神、そして独自の利害をもつ独立国家として見ることへの拒否を浮き彫りにする。

この態度は、朝鮮半島南部でアメリカが日本軍の降伏を受諾した(相互の合意により、北部ではソ連が降伏を受諾した)1945年にまでさかのぼる。アメリカの日本占領では既存の国家構造を通しての支配が許されたたが、これとは対照的に、ソウルの米軍は、日本の植民地支配の犠牲者だった朝鮮に、軍政庁を押しつけた。これが、悲劇を生むダイナミクスを生むことになった。

アメリカが冷戦に突入すると、韓国の米軍司令官たちは、第2次大戦中、共産主義と戦うために日本帝国と手を結んだ韓国の人々と協働する道を選んだ。こうした政策に反対し、北との統一をめざす人たちは投獄され、仮借ない弾圧を受けた。

1947年から1949年まで、アメリカ軍は、南の沖合にある済州島(チェジュ島)で左派ナショナリストに対する残忍な暴動鎮圧作戦を統括し、島の人口の5分の1近い、3万人の犠牲者を出した。南部でのこうした内部抗争が、1948年の分断国家創設のタネを蒔き、朝鮮戦争の大きな要因となった。1950年6月、北朝鮮が韓国に侵入し、朝鮮半島全土で戦争が勃発したのだ。

ひどい戦争からわずか8年後に、韓国は初の軍事クーデターを体験した。第2次大戦中に日本帝国軍で訓練を受けたパク・チョンヒ(朴 正煕)が1961年に、選挙で選ばれていた大統領を軍事クーデターで打倒した。ケネディ政権は、ただちにパクを韓国の指導者として承認した。

その後18年間にわたり、パクは国を統括し、警察が大きな力を持ち、拷問がはびこった。しかしまた、韓国の工業化にも手をつけ、韓国はパクの統治下で衣料、靴、鉄鋼、造船、自動車、そしてついにはエレクトロニクスの主要産出国へと成長を遂げた。パク(最近、罷免されたパククネはその娘である)は強権的な支配を行った末、1979年に労働者と学生による大規模な蜂起のただなかで、暗殺された。

パク・チョンヒの統治下、韓国軍部は、米国防総省 の補佐役の役割を果たし続けた。ベトナム戦争中には、米政権の要請に応えて、パクはアメリカ軍と共に戦うよう、数千人の韓国部隊を派遣した。(1980年5月に権力を掌握し、光州に特殊部隊を派遣した将軍、チョン・ドゥファン(全斗煥)も、派遣部隊の一員だった)

こうした冷戦のダイナミクスから「ビッグブラザー‐リトルブラザー(頼りになるお兄ちゃんとちびっこの弟)という関係が生まれ、アメリカの高官たちは、いまでも韓国を同盟の年少のパートナーとして尊大に扱っている。この態度は、アメリカのメディアにも感染し、韓国とその複雑な要素が混在する政治、戦争が韓国にもたらす恐ろしい影響についてまったく触れずに、北朝鮮の報道を行っている。アメリカの自国安全保障エリートたちにとって韓国はさしたる意味をもたず、トランプもまた北朝鮮に関して、日本の安倍晋三と中国の習近平とだけ相談することで、韓国軽視を増幅している。

トランプの日本と中国の指導者への電話会談を受けて、韓国の新聞は、アメリカは「韓国を締め出し」ていると非難した。また、ワシントン・ポスト紙のインタビューでのムンの要求、「韓国が朝鮮半島の変化の舵取り役であるべきだ」ということばを載せた。ムンはまた、アメリカ軍の戦時作戦統制権の韓国へのすみやかな返還も推進しており、4月に、「我々自ら、名実ともに国防の責任を負う」と述べた。

だが、大半のレポーターたちは、ムンが光州という、一触即発の問題で、ムンがどんな立場をとってきたかを取り上げずにいる。

2週間前、私は、1980年の虐殺現場からほど遠くない場所で行われた選挙集会でムンの演説を聞いた。その中で、ムンはこぶしを高くあげ、“March for the Beloved”を歌う群衆の歌声に加わった。1980年の蜂起の際、戒厳令軍の手で殺害された100人を超える地元住民をたたえるこの有名な賛歌は、光州での集会ではよく歌われるが、北朝鮮支持の歌として右派および現政権から非難されている。

だがこのジェスチャーで、ムンは強いシグナルを送ったのだ。彼の政権下での韓国は、光州の精神を尊び、1980年にアメリカが光州市民ではなく将軍たちの味方をしたときのように、アメリカが間違いをおかす時には、抗して立ち上がるというシグナルだ。

昨秋、私がレポートしたとき、多くのアメリカの高官、特に国防総省とそれにつながるシンクタンクはムンあるいは誰であれ韓国の左派が政権を握るという考えに不安を覚えた。頭を切り替える方がいい。彼らがかつて知っていた韓国は、もうないのだ。北朝鮮との緊張が高まっていようが、もしアメリカが韓国の人々、彼らによって選出された指導者たち、そして生き生きとした民主主義に敬意を示さなければ、アメリカはこれまでに得ることができた最良の友好国のひとつを失うことになりかねない。

(翻訳=大竹秀子)

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