グアムからアメリカへの公開状

グアムからアメリカへの公開状
ビクトリア・ロラ・M・レオン・ゲレロ
(「ボストン・レビュー」)
2017年8月10日

[ビクトリアさんは09年10月に大阪で「戦争あかん!基地いらん!関西のつどい」に参加し、感動的なスピーチを行ったので、覚えている方も多いと思います。現在はグアム大学新聞の編集長、グアム大学、サザンハイスクールなどでジェンダー・スタディーズや「創造的な書き方」などを教え、グアムの軍事化やチャモロの独立をテーマにした執筆や映画の制作で活躍しているそうです。原文はこちらから]

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親愛なるアメリカのみなさん

あなた方がやっと、グアムで何が起こっているかを気に留めてくれるようになってうれしいです。インターネットで見ていると、あなた方の多くは初めて「グアムって何?」って思ったようです。グアムで育った私たちは、毎日あなた方のあらゆることを聞かされてきました。残念なことに、あなた方が「グアム」という言葉を口に出すのは、私たちが爆弾の標的にされる時だけです。あなた方に知ってほしい、もっと興味深いことがいっぱいあるのに。

私たちはこの間の爆撃の脅迫にそれほど驚いていません。グアムと爆撃が同じセンテンスの中で語られるのを聞くのは慣れています。毎月のように、ミサイル発射実験が行われるたびに、あるいは激しい非難の応酬があるたびに、北朝鮮や中国やロシアがグアムを爆撃するかも知れないと聞かされています。私は中国の悪名高い「グアムキラー」(中距離弾道ミサイルDF-26)の写真を私のコンピューターに保存しています – 私たちの独立運動グループが「インディペンデンス101」(村で行っている学習運動)でのプレゼンテーションで、「なぜ私たちが今すぐ自由を勝ち取る必要があるのかを説明するための1つの事例としてです。

そうです。グアムにはあなた方からの独立を望んでいる人たちがいます。一方で、爆撃の脅しを聞いて、誇大な宣伝に委縮してしまう人たちもいます。この人たちは私たちがあなた方の強力な軍事基地を必要としていると信じ、もっと米軍を強化するよう乞いはじめています。そうすればわれわれが爆撃されないだろうという理由からです。おわかりですか? でも、あなた方こそ、爆撃をめぐるすべての問題の原因です。

これまでグアムに落とされた爆弾の中で最悪のものは第二次世界大戦の最後の段階で、あなたがたが投下したものです。開戦当初は、あなたがたは日本がグアムを侵略することを十分に知っていながら、私たちを無防備のままにしました。あなた方は攻撃が始まる数カ月前に、白人の軍人の家族たちを安全な船で米本土へ返しましたが、私たちを守るためには何もしませんでした。そうです。前回、あなた方がその国による攻撃から私たちを守ってくれると約束していたその国が侵略した時、あなた方は2日間で降伏し、2万人の人々を見捨て、その多くは最も残虐な戦争犯罪の犠牲になりました。しかし私たちは力強く、醜悪な戦争を生き延びただけでなく、その後に続く損失・喪失にも耐え抜きました。

あなたがたは1944年にグアムに戻ってきたとき、爆弾で私たちの島を荒れ野にし、多くの家族が帰る家をなくしました。あなた方が巨大な基地を建設できるように、私たちは追い散らされ、追放されました。有り難いことに、グアムの人たちはあなた方の軍隊に勤務し、あなた方の自由のために死にました。人口当たりの戦死者の数ではあなた方を上回っています。

これまでグアムに落とされた爆弾の中で最悪のものはあなた方によるものです。

現在、あなた方は私たちの島の3分の1を占領しています。私たちの隣人たちに向けられた爆撃機や原子力潜水艦を駐留させています。あなた方は終わりのない戦争ゲームに興じ、私たちの空、水、土、体に噴煙と廃棄物をまき散らしています。あなた方が私たちの近隣の諸島で爆弾の実験を行う時、私たちは死の灰の中で息をしています – これらの島から風に乗ってここまで来るのです。私たちはあなた方が爆弾で汚染した海から獲れた魚を食べているのです。あなた方の音波探知機の実験のせいで進路を迷い、浜に打ち上げられ、朽ちてゆくクジラを悲しんでください。私たちは犠牲にされています - 一度も同意したことがないのに、それどころか多くの人々にとっては意に反してです。神聖な先祖伝来の村に入ることもできず、1000エーカーもの石灰岩を覆う豊かな森とそこに住む生き物たちが、海兵隊の射撃場のために破壊されようとしています。

あなた方はとんでもない時間に、私たちの家の上で爆撃機を飛行させています。どういうことですか、アメリカの人たち。私は今、ここで子どもを育てています。小さな子どもたちです。自分たちの上をあなた方の旗が飛んでいるのに気付いていて、それを嫌っています。あなたがたの爆撃機の轟音が聞こえると、遊んでいた公園の滑り台の下に隠れます。友だちにも、B—1やB—2の轟音が聞こえたら隠れるように言っています。道路には「児童公園 - 徐行」という標識があります。あなたがたも徐行して、子どもたちを遊べるようにしてくれませんか?

私は子どもたちがここで育ったほしいと思っています。ここはこの子たちの、そして私の、私のママの、ママのママの、そしてそのママの生まれ育ったところです。私がこの子たちにいてほしいと思う場所はほかにありません。私は多くのアメリカ人たちが自分の生まれた土地から逃げて来なければならなかったことを理解しています。アメリカがあなた方にとってより良い生活を与えた、あるいは少なくともそれを約束したでしょう。あなた方の多くは生まれた土地に帰りたけれども帰れません。そして悲しいことに、あなた方の多くは、この「明白なる天命」のために土地と生命を奪われたアメリカ先住民のことについて、あまり考えていません。

しかし、あなた方のせいで誰もが爆撃の対象としてきたこの島、この美しい島は私の島です。あなた方の島ではありません。そして私はここから逃げ出したいとは思いません。私は一度、この島を出たことがあります。大学での教育のためです。しかし、その間ずっと、この島のことを考えて心が痛みました。私は学位を取得した後すぐにここに帰り、学んだことをここで活用しようとしました。生まれ育った土地での生活は、私にとってはよりよい生活です。私はこの土地によって育まれました。私の家族はここで自分たちの食べ物を育てています。私は賢い赤ん坊たちを育てています。裏庭はジャングルです。これが私の先祖たちが私や子どもたちに望んだ生活です。私は私の家族が平和に暮らせると信じて、安心して眠れることを望んでいます。だから、どうか爆撃について語るのはやめて、なぜグアムが2017年の今もあなたがたの植民地であるかを自問して下さい。

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