「総合区」は特別区の「かませ犬」〜森裕之さん講演要旨③

森裕之さん講演要旨(その3)です

総合区〜特別区の「かませ犬」

だから特別区は論外。大阪市民にとって、何のメリットもない。その論外な案を通すために、「かませ犬」「当て馬」にしようとしているのが総合区。それが同じ法定協議会で議論されているので訳が分からなくなっている。この総合区は「かませ犬」として厄介な役割を果たす。それを今からお話ししたい。
総合区は区割りが決まっている。大阪第1区、第2区と工場地帯みたいやと言ったら、関西学院の富田先生がパリ市内もそうや、と。なるほどと思った。8区に分けて、区役所の位置も決まっている。区役所の大きさなだとか、交通の利便性だとか、いくつかの指標でもって、点数で決めている。知らず知らずのうちに勝手に決められていっている。これで、何で合区するねんという話だが、総合区は合区しなければならないということは全くない。合区は全く別の論理。総合区の制度のイメージは、今ある行政区をそのまま総合区にするというものだから、24区のままでもいい。なぜ合区するかという正式の説明は、いま大阪市の本庁にある部局のなにがしかを各区に移管する、いままで本庁にいた人をそれぞれの区に配置する、そうすると市役所の職員が増えてしまい人件費が上がる、それはできないので市役所職員を増やさない前提で各区に人を配置しようとすれば、人数を相対的に減らすために区を合併するしかない、合区するしかないという論理だ。

これが公式の論理。ここからは感覚の話になるが、私は違うと思う。合区してまで移される権限はしょぼいものばかりだから。先に述べた特別区は曲がりなりにも基礎自治体で、区長・議会があり決められることも多い(大阪府に奪い取られていること以外は決められる)ので、総合区とどっちがいいかという話になる。いつの間にかその土俵に引きずり込まれる。24区のままで、もっと住民の利益になるような仕事を移したらいいというのが総合区の理念なのに、なぜ無理をして合区するような総合区を出してきたかというと、特別区を比較させるため。特別区の方がいいではないかと知らず知らずのうちに持っていかれる。これが本当の理由だと思う。だから総合区は「かませ犬」「当て馬」。そういう意味では自民党の議員さんの指摘は非常に正しいと思う。

総合区に移管される主な事務と区の予算拡大の中味

私がしょぼいというのは裁量性がないということ。義務的なことばかりで、区民から見たら区がやっても本庁がやっても同じというのが圧倒的に多い。(総合区に移管される事務を)大きく「こども・子育て支援」「福祉」「まちづくり・都市基盤整備」「住民生活」に分けて、保育・子育て支援、高齢者福祉、生活保護、道路・公園の維持管理、放置自転車対策、スポーツセンター・プール・屋内プールの運営などがある。期待される効果として書かれているのは「実情にあった施策可能」「利便性の向上が期待」「細かい対応が可能」とか抽象的なことばかり。
これを予算で見てみると、毎日新聞が「総合区素案策定、区予算3倍に」とか、日本経済新聞が「保育・道路など移管、市が素案公表、区長裁量予算3倍」とか大々的に報じていた。3倍というのは(区予算が)82億から226億になることだが、中身を見ると一番多いのは「プール、屋内プールの運営」で15億円、次に「舗装維持補修」(11.6億円)、3つ目が「電気・機械設備の維持管理」(9億円)4番目が「スポーツセンターの運営」(8.6億円)、5番目が「区役所住民情報業務等民間委託事務」で8.1億円、次に多いのが「放置自転車対策」の6.5億円、これがマスコミでも大々的に報道されている区長の裁量予算。何か変わりますか?こういうのを移管するのに伴って人も移管される。住民の声が生かされるというのは、住民がこういう町を作って欲しいというのが生かされるということ。つまり、裁量的な予算が移管されたら初めてみんなで考えて、こういうように使おうぜとなるが、先ほど挙げた業務には裁量の余地がない。そんな義務的予算、定型的事務に「3倍」と言うのにどれだけの意味があるのか。住民の声は反映されない。今でも道路の補修とか本庁に言えばやってくれる。何が違うのか。何も違わないのならやってもいいではなくて、そのために合区される。そんなコストかける意味があるのか。
保育については、「待機児童解消に向けて」とか書いているが、実際には保育士さんの数とか、保育所の数とかは区で決められない。本庁が決める。大阪市として待機児童をどうするのか、保育士さんの数をどうコントロールするかという話で、区で勝手に増やすことはできない。実質的どれほど差があるのか、非常に疑問に思う。予算を増やして保育所を増やすことはできれば裁量予算になるが、それはできない。

総合区長の権限

総合区になると、今の区長は総合区長に変わる。何が変わるかというと、(大阪市以外の)一般の区長は局の下に置かれるが、総合区長はその上に法的に位置付けられる。副市長と同じ特別職になって、市長が指名して議会が承認するという議会の承認事項になる。教育委員とも同じ。だから、大阪市の教育がぐちゃぐちゃになっているというのは、教育委員を承認した議会の責任でもある。副市長と同じ強い権限を持った区長が区役所のトップに就く。特に任免権、人事配置とか採用、昇任、懲戒処分、分限処分が総合区長の判断になる。今は本庁の判断。
これで思い出すのは、公募区長とか、公募校長かが一杯いて、何が起こったかということ。われわれはおそるべき健忘症で、すぐ忘れてしまうが。もし、本庁がやっていれば官僚組織がカバーするが、それが効かなくなり、ミニ大阪市役所みたいになってしまうのではないか。一般的には(総合区は)悪い制度ではないと思うが、大阪の実情を考えた時に、これはちょっとやばいんじゃないか。区役所がボロボロになる。変な公募区長がきたとき、区役所の職員がごそっと辞めたりしている。特に管理職レベルとか、住民と接点を持つ鍵になる人が辞めている。それが権限を持って、昇任、懲戒を決めたりできるようになればどうなるか、大阪の経験でいうとリアルに考える必要がある。合区する・しないに関係なく、もし総合区を入れるというのであれば、つまり区長の権限を強くするというのなら、権限濫用を防ぐ手立てを考えておかないと、われわれの暮らしを見えないところで支えている区役所が崩壊していくのではないかと思う。

職員数と予算の変化、総合区に移管させる組織と事務

職員の数(16,400人)を総合区にしても増やしたくないので、合区して相対的に少なくする。合区の形式的な論理はこれ。議会では「かませ犬」とかいう議論が出ないように、副首都推進局が上手に説明するのだろう。
(総合区に移管される組織と事務は)道路を扱う工営所、公園事務所、保育所などで限定的。本庁でも区役所でも、住民の声をきちんと反映してまちづくりができる仕組みが大事なのであって、何か適当に移して何も変わらない、でも合区はするというこんな案はありえないと思う。繰り返しになるが、移される予算は大部分が義務的、非裁量的なもの。その一方で。区役所が遠くなる、封筒の名前を変える、コミュニティが破壊されるとか、ものすごいコストが発生する。盆踊りをどうするのか、夏の暑い時期に総合区でもやって、元の区でもやってと、それだけでも大変だ。

総合区政会議と住民協議会〜二重の区構造

さらに奇々怪々なことが起きる。それは何か?いま区政会議が、住民が区政について意見を出し議論する場として、住民参加の場としてやられている。24区でやられている。地方自治法の話でややこしくなるが、総合区になれば区政会議を置くことになる。そうすると、区政会議は8つになり、今まで区政会議で一生懸命にやってきたことがなかったことになるのかという話になる。そこで、区役所が置かれるところは区役所内部に「地域自治区」を置く、区役所が置かれない元の区にも「地域自治区」を置く、法律上この中には地域協議会を置かなければならないので、区政会議は無くなりませんという。たとえば、第8区では旧平野区に区役所があるので、その中に地域自治区をおいて、さらに旧東住吉区にも地域自治区をおき、地域協議会をつくる、そこで住民の声を聞かせて下さいということにする。つまり、合区した総合区の区政会議と元の区の区政会議(地域協議会)の両方がある。私は地方自治が専門だが、こんな複雑な仕組みを持つ地方自治体は知らない。住民は一体どこに属しているんだということになる。
総合区の区政会議は、2年で10人から50人というのはいまの区政会議の引き写しで同じ。地域協議会も全く同じ。複雑怪奇で私も話しながら混乱してくる。これは机上で考えたもので、合区するからこんな複雑怪奇なことになる。これは絶対機能しない。いまの区政会議の総括もされていない、やりっぱなしでさらに屋上屋を重ねるやり方で住民自治が発展するのか。まじめに考えているとは思えない。総合区と地域自治区が重畳していて、行政の意思決定と執行の仕組み、住民参加の仕組みが複雑になりすぎている。

総合区設置のコスト

総合区設置のコストは、最初にシステム改修などで65億円、あと毎年1億円くらいかかる。お金の問題はいいとしても、合区して非裁量的分野を渡して、奇々怪々な意思決定のシステムを作って、なおかつ最初に65億円、毎年1億円かかる。これが副首都推進局で議論されていること。

総合区案批判

結論的に言うと、総合区には意味がない。皆さんも意味ないと思ったと思う。意味ないのに何でこんなことをするのか。府から50人、市から50人、おそらく賢い官僚が集まっていて、そこが案を作っているのだからわかっていると思う。何でこんなことをやらされているのか、それは特別区の「かませ犬」。特別区のほうが裁量が効く、そんな道路の修繕だけという裁量やったらいややろ、特別区の方が基礎的自治体だから保育士の数も自分で決められるやろ、こういう甘い声がささやかれたらそっちの方がいいやろ、となる訳です。完全に「かませ犬」やないですか。だから(「かませ犬」という)見解は政治的には完全に正しいと思っている。
じゃあどうすればいいのか?ものすごく混乱すると思う。前は大阪市を残すか、なくすかだったから、簡単だった。今度は訳わからんです。訳わからんことでぐちゃぐちゃになって、さらに合区でコストがかかる、形式的には住民自治の拡充というが、こんなことをしないでもやる方法はいくらでもある。それをまじめに考えるべきだ。たとえば、試しに24区で総合区をやってみる。合区によって混乱が引き起こされているので、これをやめる。いまの24区のまま、区長の権限を拡大する、区民の声を聞きやすくするというのと、特別区にして大阪市を廃止するというのを比べたら、大阪市民は(前者を)選びますよ。それが嫌なんです。だから、わざわざ合区なので、合区という前提を外させなければ。もし総合区を入れるというのであれば、24区のままで一部だけで、たとえば中央区からやってみようか、福島区からやってみようかというので構わない。やり方はいくらでもあるのに、すっ飛ばして複雑怪奇なのをやろうとしている。

今後の展望

運動をどうするかは、皆さんと一緒に考えていきたい。狙いはあくまで大阪市の廃止。だから、大阪市を残せとわめく。松井知事が住民投票が一番大事だと言ったから「勝つまでじゃんけん」やめろ、前回の住民投票で決着済みだから。大阪市を残すことを前提に、どうしたいいいかを考えたらいい、言っててもむなしくなるが。反対の仕方はいろいろあると思うが、分散すると何が起こっているのかわからなくなる。とりあえずこれだ、というのを。
今後の展望ですが、大阪府市は、総合区を「かませ犬」として、「特別区」を前面に押し出してくる。そのときは大阪市残せと。あわせて合区反対もやったらいい。総合区にダメージがいくから。もし、特別区案がまとまってきたときには、住民投票までに議会に圧力をかけて「特別区設置」案を了承させない。公明党に頑張ってほしい。総合区が残ったら、合区反対を打ち出していけばいい。向こうも二段構えなら、こっちも二段構えでいかなしゃあない。
アメリカでの経験を踏まえて、と紹介されたが、経験は何もないので写真だけ載せました。こんな大きな運動を起こす凄いエネルギーがある。特に若い人が多い。大阪の場合は年寄りじゃないですか。そういった運動をどのように作るのか。たまたま私のその場にいたが、魔女がトランプタワーに呪いをかけている。これを見て、警察官が笑っている。大阪市役所に向かって一晩、ろうそくを持って呪いをかけるというのもどうか。みんなに支持される、マスコミに取り上げてくれる、こういうユニークな取り組みができるというのがアメリカのいいところ。そういった運動をつくれればいいな、ということで時間が来たので、これで終わります。

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