グローバル・ジャスティス研究会7月企画「フランスZAD運動に見る新しい共同への模索」の報告(1)

7月1日、同志社大学において、グローバル・ジャスティス研究会7月企画として、シンポジウム「フランスZAD運動に見る新しい共同への模索」が開かれました。
実際に、ZAD運動の現場に参加された根岸恵子さん(ATTAC Japan首都圏)からのレポートを中心に、日本での不必要な大規模開発の例として、リニア新幹線問題について、春日直樹さん(リニア市民ネット大阪)の報告・質疑討論・菊池恵介さん(同志社大学教員)のまとめなど、盛り沢山な内容でした。

1223pari05.jpg

ZADとは、フランス語で「守るべき土地」という意味で、もともとは「開発整備予定地域」の略称だったが、同じ略称の「守るべき土地」という意味に使われるようになったそうです。そのあたりは、フランス在住の飛幡祐規さんの「パリの窓から(29回) : 押しつけられた不必要な開発計画と闘う人々」によれば、「「公益」のお墨付きを得て始まった土地整備工事に対抗し、反対派の人々は2008年頃から空港建設予定地(湿地地帯)の古い農家や簡易小屋などに住みつき始めた。しだいにフランス各地や外国から、若者などがそこへ集まってきた。彼らはほとんど自給自足で共同生活を送り、文化活動も行い、直接民主主義・自主管理の共同体を模索している。他の「押しつけられた不必要な大計画」に反対する地域にも同様の形態で共同生活の場が生まれ、それらは「ZADザッド」、その住民はザディストと呼ばれる」とのこと。(飛幡さんのこの論評は、以下のサイトで読むことができます)

http://www.labornetjp.org/news/2014/1223pari

根岸さんは、2013年7月、このZAD運動発祥の地、ブルターニュ地方のノートルダム・デ・ランド(NDDL)にある空港建設予定地のコミュニティで生活した体験をもとに、動画や写真でZAD運動について紹介しました。

近くにはナント空港があったにもかかわらず、1850haの土地に空港を建設しようという計画が1960年代に始まりました。もともとはコンコルド専用の空港として計画されたそうです。1974年に建設予定地が決定され、いったんは挫折したものの、ナント空港をNDDLに移転する計画が2000年に再浮上したが、その後建設反対運動が展開され、裁判闘争の敗北・住民投票での賛成派の勝利にもかかわらず、デモやイベントの開催など反対闘争は持続しました。反対の大きな理由は、このノートルダム・デ・ランド(NDDL)には、広大な湿地帯がひろがり、空港が建設されれば、生態系と人間の相互作用で形成された生物多様性を持つ湿地帯・農地が破壊され、一度破壊されると再生は不可能だったことにあります。

そして、ここでの反対運動の最大の特徴は、用地内に人々が入り込んで暮らし始め、いくつかのコミュニティを形成したことです。ザディストは基本的に自給自足的な農業をしていて、インフォセンターでは野菜を自由に配布したり、無人の自転車屋を作ったり、ラジオ局を開局したりしていました。週末には大きなライブを開催、自分たちが栽培した小麦でパン作りも。根岸さんが生活したフェミシストのコミュニティでは、じぶんたちで家を建て、生ゴミはコンポスターで肥料に、大便も堆肥にして農業に利用していたそうです。

根岸さんによれば、ZADの特徴は以下の6点です。
*小規模農業を中心としたコミューン
*貨幣経済に依存しない共同体
*基本的に自給自足
*コミューン同士の連帯〜毎週水曜日に各コミューンの代表が集まり、さまざまな問題を討論(日常的なことから政治まで)
*徹底したエコシステム〜自然に還らないもの(プラスチックなど)はなるべく使わない、エネルギーも風力・太陽光など自然に依存したエネルギーを使うようにする
*いざとなればみんなで立ち上がる!

2018年1月17日、政府は空港建設断念に追い込まれました。2月13日には大集会(2万人以上)が開かれ、住民(当時300人いた)の追い出しに反対して、勝利を祝いました。ところが4月9日に2500人の機動隊が動員され、警察による追い出しが始まり、催涙弾を大量に発射して、小屋や家を破壊していきました。

2月13日の集会の模様は以下で見ることができます(フランス語)
https://www.youtube.com/watch?v=qY0zE1UPV_Y

この記事へのコメント