マクロン政権の危険な動向と黄色いベストの底力ー「黄色いベスト運動」その4

飛幡祐規さんのコラム「パリの窓から」(レイバーネットのサイトに掲載)が更新され、黄色いベスト運動に対するマクロン政権の対応、弾圧に抗して持続する黄色いベスト運動の現状などが分析されています。レイバーネットから転載させていただきます。

マクロン政権の危険な動向と黄色いベストの底力ー「黄色いベスト運動」その4

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*国民議会前 プラカード「マクロン王はショー、私たちは闘う」

 昨年11月17日の最初の全国行動で幕を開けた「黄色いベスト」運動は、年が明けてからも毎土曜日にデモを続けている(1月26日で第11回行動)。政府がロータリーに造った簡易小屋を撤去させても人々は別の場所にまた造って集まり、抗議が鎮まる兆しはない。マクロン政権は僅かな譲歩をしただけで「政治方針は変えない」と固執し、デモの弾圧を強める一方、「大討論」を1月中旬から開始した。

●ネオリベラル路線への固執

 前代未聞の「黄色いベスト」運動をとおして、マクロン政権の本質はより露わに示された。社会的不公平に抗議し、最低賃金・最低年金の引き上げや連帯富裕税の復元を求める人々について、マクロンは大晦日の大統領演説で「憎悪に満ちた群衆」という表現を使い、ネオリベラルな政策(改革)を進める意向を好戦的に語った。唯一の提案は、全国各地とネットで市民が参加できる「大討論」だが、1月中旬に全国民に宛てた「大統領の手紙」の中でマクロンはそのテーマを定め、自分の政策に沿うように誘導的な質問を提案した。例えば「公共支出の全体レベルを下げずに税金を削減することはできません。(...)時代遅れになったり、実益に対して高くつきすぎる公共サービスは廃止すべきでしょうか?」といった具合だ。「黄色いベスト」は反対に、農村部でどんどん消えていく公共サービス(郵便局、産院、学校...)を復元し、充実させろと要求しているのに。低所得・中間層への課税を減らしつつ公共支出を保つには、富裕層や大企業にもっと課税すればすむわけだが(大勢がそれを要求している)、マクロン政権はその点は譲れないと繰り返す。ネオリベラルな改革こそが、この政権の存在理由なのだ。

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*マクロン、2019年に君は失せろ!

 しかし、マクロンが何度トリクルダウン理論を繰り返そうが、ネオリベラル経済のもとで貧富の差が増大したことは統計に示されている。世界経済フォーラムを前にした1月20日にNGOオックスファムは、2017年に世界の経済発展による利益の82%が1%の富裕層に吸収されたと発表した。フランスではこれまで社会福祉による低所得層への富の再分配により、貧富の差の増大がある程度は抑えられていたが、今では国の資産の半分を10%の富裕層が掌握し、最貧困層から人口の半分までを占める人々の資産を全部合わせても5%にしかならない。最も富裕な10人の資産の合計は20年間で12倍になった一方、「貧しい」人の数は120万人増えたという。また、通貨取引への課税を要求する社会運動アタック(ATTAC)の報告書によると、2010〜2017年にフランスの上場市場上位40位の大企業(CAC40) は利益を9,9%上げたのに、払った税金は6,4%減、株式配当金は44%も増えた。これらの企業は同期間にフランスの従業員数を20%減らしたが、社長の年収平均468万ユーロ(5,5兆円近く、税込)は最低賃金の257年分に当たるとてもつもない額に達した。大企業と富裕層を優遇しても雇用は増えず、貧富の差は広がる一方なのだ。おまけに大企業はタックスヘイヴンに支社を作って脱税するため、中小企業の課税率の方が高くなっている。「黄色いベスト」が実感している「生活がどんどん苦しくなる」という庶民の貧困化、ごく一部の富裕層にますます富が集中する状況は、タックスヘイヴンを使う金融資本主義とネオリベラル改革がもたらしたことを、これらの統計が証明している。

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*「反乱か?」1789年7月14日、フランス大革命勃発の夜のルイ16世の言葉。「いえ、マクロン、革命です!」

●極度の弾圧と「デモの自由」の侵害

 さて、「黄色いベスト」運動への政治的な対応ができないマクロン政権は、武力のみで応えるとコラム51でも書いたが、年が明けても極端なデモの弾圧は続いている。催涙手榴弾(GLI-F4)、改良型フラッシュボール(LBD40)、放水車、装甲車などを過剰に使う「治安維持」によって、すでに2000人もの負傷者が出ている(治安部隊側も約1000人)。特筆すべきは、片目や手の喪失(合わせて20人以上)や頭部などへ重傷を受け、生涯にわたる身体障害を負った人がすでに100人以上も出たことだ。ところが、主要メディア(とりわけテレビ)は「壊し屋」(暴徒)による火災や破壊の画像・映像のみを集中的に報道し、重傷者や死者11人(多くは道路封鎖に逆上した人が起こした交通事故によるが、窓を閉めようとして催涙手榴弾(GLI-F4)が当たって亡くなった80歳の女性もいる)について2か月間近く、問題にしなかった。今年に入って、治安維持について取材・調査を続けて著書もあるジャーナリスト、ダヴィッド・デュフレンヌの報告と告発がようやく複数のメディアで取り上げられ、治安部隊による暴力が主要メディアでも語られるようになった。

 「黄色いベスト」運動の最初から重傷者の追跡調査をしているデュフレンヌは、フランスの治安維持はかつてデモの際に重傷・死者数を抑える有効性に定評があったが、2005年の都市郊外での「暴動」(当時の内務大臣はサルコジ)から理論が変わり、緊張を抑えるのではなく逆に高めるやり方になったと指摘する。催涙手榴弾(GLI-F4)や改良型フラッシュボール(LBD40)は、他のヨーロッパ諸国では禁止されている危険な武器だ(「非致死性」と呼ばれるが、当たりどころが悪ければ死亡の危険あり)。ドイツやイギリスではデモ群衆の緊張を解くやり方がとられているのに、フランスでは2007年以降、これらの武器による重傷者(死者も1人)がときおり出るにもかかわらず、治安維持の方法は近年、ますます攻撃的になった。

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*重傷者たちの写真を並べて抗議

 この状況は、治安部隊に命令を下す政府(政治家)の責任だとデュフレンヌは告発する。1986年の大学改革反対デモ(ミッテラン大統領下のシラク保守政権)の際、警察のオートバイ部隊による暴行で若者が1人死亡した責任をとって、当時の教育大臣は辞任し、法案は撤回された。これほど多くの戦乱地並みの重傷者と死者を出したデモ弾圧は、60年前のアルジェリア戦争時以降は例がない。彼らへの哀悼の言葉一つ発せず、さらに鎮圧を強めると表明する政権に対して市民団体、弁護士、知識人、左派政治家などから抗議の声が高まった。

 催涙手榴弾(GLI-F4)と改良型フラッシュボール(LBD40)の使用禁止を求める声は以前からあったが、「黄色いベスト」運動の弾圧で重傷者が頻発した昨年12月、弁護士たちは禁止を政府に呼びかけた。1月17日には「人権擁護人」がこれらの武器の使用禁止を勧告(昨年1月すでに禁止を勧告した詳しい内容の報告書を国民議会に提出したが、無視された)、同日ルモンド紙に知識人や左派政治家の抗議文が掲載され、署名運動も始まった。1月26日の第11行動を前に、労働総同盟C.G.Tとフランス人権同盟LDHは行政裁判所にLBD40使用中止の急速審理を求めたが、行政裁判所は判断を拒否(実質的に使用許可)した。第11行動の際、ネットを通して名前がよく知られている「黄色いベスト」のジェローム・ロドリゲーズがビデオ撮影中、治安部隊の武器によって片目に重傷を受けた。告知されたデモの最中、治安部隊が攻撃など受けていない状況での不当な武器使用であり、有名な彼が狙われた可能性も高いと弁護士は語る。

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*ボランティアの救急部隊

 左派野党「屈服しないフランスLFI」は1月24日、治安部隊による極度の弾圧を告発する記者会見を開き、GLI-F4 とLBD40の使用禁止を求めると共に、国会の法律委員会で審議中の「壊し屋予防」法案を厳しく批判した。この法案はもともと昨年の秋、保守右派の提案で元老院で採択されたのだが、当時のフィリップ政府は国民議会への提出を拒否した。ところが「黄色いベスト」運動が起きたので、政府は急遽この法案を引き出し、デモの自由を侵害する内容を補充したーー疑いだけで判事(司法)ではなく県知事(政府が任命する内務省の高級官僚、つまり行政)が市民のデモ参加を禁止できる、ブラックリストに載せるなど。

 フランスでは2015年11月の連続テロ後に発布された「緊急事態」のもとで警察・行政の権限が増大し、緊急事態が解かれた後(2017年11月以降)も、いくつかの内容が一般法に取り入れられてしまった。1月29日から国会で討議が始まった新法案は法治国家からの逸脱をさらに進め、日本の「共謀罪」のような曖昧な表現によって人権侵害を許すものだ。1968年「五月革命」後の1970年に保守政権がつくった「壊し屋予防法」(ミッテラン大統領の左翼政権が1981年に廃止した)の再来だと、フランス人権同盟の長を務めた歴史的な人権派弁護士、アンリ・ルクレールも大きな危惧を表明した。

 憲法に保障されたデモの自由を侵害する「壊し屋予防法」に対しては左派野党や弁護士だけでなく、さすがに与党「共和国前進LREM」内でも批判が出ている。一方、LFIの代表ジャン=リュック・メランションはこの法案の討議中、「警官が暴力を働いた例は知らない」と治安部隊の暴力を否定し続け(後に認めざるをえなくなった)、「破壊を予定するデモに参加した者は共犯と見なす」などの脅迫的な発言をしたカスタネール内務大臣に辞任を求めると同時に、GLI-F4 とLBD40の使用禁止を再び求めた。ユーゴ・ベルナリシ議員(LFI)と数百人の市民は、内務大臣を「デモの自由侵害」の罪で訴えたが、はねられた。

●民主主義のパロディー「大討論」

 一方、マクロンは1月15日から、全国各地で県知事が自治体の首長を集める「討論」に度々訪れて、時には数時間にわたって質問に答えるという「討論もどきQ&A」を展開中だ。重要イベントのようにライブでテレビ放映された最初の討論は、憲兵隊が会場を包囲・防護して「黄色いベスト」の侵入を阻止した「首長とのQ&A」だった。その後も、大統領の一人舞台で長時間の発言が演出されるこの形式は、候補者時代のマクロンの集会にそっくりだと指摘され、「黄色いベスト」はインチキ討論だと反発を強めた。欧州選挙のキャンペーンは国庫(税金)が払うのだから、発言時間は選挙キャンペーンとして計算すべきだと野党は批判している。

 マクロン・ショーと同時に、自治体や市民団体のイニシアティヴによる「討論」とネット上でのパブリックコメントも各地で始まったが、最大の問題点はこれらの「討論」や、多くの市役所に設置された「陳情書」の内容を、誰がどのようにまとめるのか不明なことだ。いや、「自分が結論を引き出す」とマクロンが何度も言っているのだから、何の期待もできない。そもそも、この「大討論」を企画・運営するはずだった独立機関「公衆討論委員会」の長が、1月8日に辞任した。理由は、委員会が企画も総括も独立して行うことができない(大統領・政府が舵をとる)とわかり、討論結果を尊重する約束を大統領から得られなかったためだ。マクロンの「大討論」は民主主義のパロディーにすぎない。

●「黄色いベスト」の底力

 さて、「黄色いベスト」の動員は年が明けて盛り返した。変わらぬ「マクロン、辞任!」「市民のイニシアチヴによる国民投票」(RIC)に加えて「大討論」の批判、治安部隊の暴力とカスタネール内務大臣を告発するプラカードが増えた。1月13日の日曜(第9行動の翌日)からは、土曜に仕事や子どもの世話でデモできない女性たちによる「女性・黄色いベスト」の日曜デモも始まった。

 1月2日の夜、コンコルド広場に赴いた「黄色いベスト」のリーダー的存在(最初の全国行動をフェイスブックで呼びかけ、その後もネットでの発信によって影響力を持つ)のひとり、エリック・ドゥルエが不当逮捕された(48時間拘束された後に解放されたが、「告知なしデモ」の罪で起訴される)。彼は12月に既に1度逮捕されているが、こうした言いがかりとしか思えない「予備逮捕」や、デモでの大量逮捕(2か月で6000人以上という異常な数字、そのうち大多数は罪状を見つけられず釈放)、罪状がついた場合の不当勾留と異常に厳しい判決(前科がなく、たいした罪状でもないのに禁固刑など)は、多数の負傷者の存在と相まって、「黄色いベスト」の政権に対する不信感を募らせ、不当な扱いを受けているという怒りをますます助長させた。

 規定どおり警察署に告知を行ったデモの場合でも、治安部隊はケトリングという方法で参加者を特定のエリアに閉じこめたり、破壊や暴力行為がなくても催涙手榴弾を使うなど、挑発と嫌がらせを繰り返す。「女性・黄色いベスト」デモの際、トイレに行きたいと頼んでもエリアから出るのを拒否され、路上で排尿せざるをえなかった女性がいたほどなのだ。参加者に恐怖を与えてデモに来ないようにするためだろうが、重傷を負う危険を承知で、女性を含む多くの人々が毎週デモに来る(ブルターニュやピカルディーなど、自分の地方の旗を持ってかなり遠くから通う人も)ほど、「黄色いベスト」たちの意思は強固だ。第9行動(1月12日)で一番大きな集まりになったのはフランス中央部のブルジュ、第10行動(1月19日)では南西部のトゥールーズであり、地方都市でも大規模なデモが続いている。また、負傷者をサポートするボランティアの救急部隊(ストリート・メディクと呼ばれる)や、逮捕された人々を法的にサポートする弁護士たちの「黒服と黄色いベスト」グループも生まれた。

 多様な人々が自主オーガナイズする「黄色いベスト」運動では組織化を拒む人が多く、リーダーや代表者を選出できない点が特徴だ。主要メディアから「代表」のように扱われた人物には、ネットで直ちに批判や「脅迫」的なコメントが届くという面もある。1月末、5月26日の欧州議会選挙に出馬するために「黄色いベスト」のリストを作った人たちがいたが、候補者10人(フランスの議席数の79人必要)のうち既に1人とキャンペーン担当係が辞退し、政策綱領もないので実現性は薄い。リストのトップの女性(31歳)は黄色いベストの組織化が必要だと述べるが、多くの「黄色いベスト」から「欧州議会選挙は黄色いベストの要求と直接関係ない」、「マクロン側に操作されているのではないか」、などと批判された。

 それよりはるかに興味深いのは、全国各地で生まれた直接民主制会議の試みだろう。とりわけ、フランス北東部ムーズ県のコメルシーという町(人口6000人)の「黄色いベスト」は昨年11月30日、運動の代弁者を選出する組織化ではなく、日常的に各地で誰もが発言・討論できる「民衆会議(総会)」を実践しようとネットで呼びかけた。これに賛同して他の町でも民衆会議が作られ、1月26日(第11行動)と27日の週末、コメルシーの近くで全国から各地の民衆会議(約75)の代表が集まって「民衆会議の総会」が開かれた。

 女性がとても多いこの総会では、「黄色いベスト」の要求が話し合われ、共通する内容をアピール文として発表することが採択された。前面に出された要求のテーマは、貧困の克服、制度の変革(国民投票、憲法制定議会の招集など)、社会的に公平なエネルギー転換、平等(すべての差別の克服)など。富の再分配(税制改革、富裕税の廃止)と民主主義再生のほか、環境問題や差別問題にいたる左派の綱領内容で、「黄色いベスト」に向けられる極右、ホモセクシュアルやユダヤ人差別主義という中傷を反駁している。「私たちは今までと異なる民主的なやり方で、真に民衆の言葉が反映される新しい民主主義を模索している。全国各地のそうした試みを繋げようと、この総会を催した。長く時間がかかると思うが、民主主義の新たなやり方をつくっていきたい」とコメルシーの「黄色いベスト」、クロード・ケゼールは語る。彼らのアピールの最後は「マクロン、辞任!人民による人民のための人民の権力、万歳!」 で締めくくられた。

 コメルシーの総会では今後も各グループが連絡をとりあい、次の総会を催すことが決められた。政治に対する有権者の信頼を失った代表民主制の疲弊によって、2017年の大統領選挙・総選挙では、それまで政権交代をしてきた二大政党が大きく敗退して、従来の政治地図が崩壊した。その後に極右的なポピュリズムがさらに強まるのを恐れる声は多いが、コメルシーの総会に表された動きが、全く新しい社会運動の「黄色いベスト」から出てきたことに注目したい。法治国家からの逸脱の道を走るマクロン政権に対して、これこそ革命の国フランスの底力ではないだろうか。それが首都パリではなく、見放され、軽視される農村部のロータリーや小さな町で生まれ、育まれている点も興味深い。

 第11行動の翌日、1月27日には「赤いスカーフ」と自称する「反・暴力」(反・黄色いベスト)の対抗デモがパリで行われた。内務省は10500人(500人単位が出てきたのは初めて)と発表したが、2000人くらいのデモ参加者からは、秩序主義の反動的な言葉が目立った。

 一方、2月2日の「黄色いベスト」第12行動は、「負傷者に捧げる行進」と名付けられた。ジェローム・ロドリゲーズの負傷に象徴される極度で不当な治安部隊の態度を、マクロン政権に抗議する。また、2月5日に労働総同盟(CGT)がゼネストを呼びかけたのに呼応し、「黄色いベスト」やLFI、反資本主義新党(NPA)などもゼネストを呼びかけている。労組はソリデール(連帯)系や鉄道部門、個人参加をのぞいて、中央は「黄色いベスト」運動に積極的に参加してこなかった。このゼネストで連帯が広がるかどうか注目される。

  2019年1月31日 飛幡祐規(たかはたゆうき)

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