ウイルスがあばくモノ⑤ 

ウイルスがあばくモノ⑤ 

前回(5月30日のブログ)では「感染症に動じない社会は、どんな社会か?」を論じましたが、今回は、逆に危機に乗じてもっと悪用される懸念・憂いです。それは独裁政治や監視社会、ショックドクトリン(惨事便乗型資本主義)※1が行われる可能性です。一方、むしろ日本では膨大な公費が補償や経済政策を口実に利権産業に消える懸念があります。一部・一時の救済にはなったとしても、膨大な借金(公的債務)故に、その穴埋めの増税で、更に、格差・貧困に繋がる政策行われるかも知れません。また、自粛の強要や自粛警察など「独裁者なき独裁政治」「公的権力によらない言論弾圧・統制」状態になることがより心配です。それ故こそ「どんな社会を描き」「それを可能にする社会・経済の仕組みを考えること」を明確にすることの必要性を論じているのですが、まずは最悪の懸念から。

この感染症(COVID-19)騒動は、ウイルス・細菌兵器の有効性を明らかにしてしまいました。もし、本気で侵略戦争や組織的破壊行為(いわゆるテロ)を考えるならばこれ程有効な兵器はありません。致死率も感染力も強くないウイルスでこの騒ぎですから、もっと致死率が高く・感染力が強い「ウイルスや細菌などの感染源」を開発できれば、効果は絶対です。侵略地の支配が目的なら先にワクチンを開発する必要がありますが、破壊行為だけが目的ならばその必要もありません。ちなみに、狂犬病は発症すると致死率100%近くありますし、強毒タイプのエボラ出血熱の死亡率は90%と言われています。一方、COVID-19の死亡率は、年齢構成や感染者の推定数※2によって大きく変わりますが、0.1~5%程度と推定されています。また、感染力という点では、麻疹(はしか)の様に空気感染(飛沫核感染)するウイルスなら、3密を避けるだけでは感染してしまいますし、マスクの効果もありません。両者を兼ね備えるウイルス等の人為的開発は不可能とは限りません。なお、今回でも兵器開発疑惑がささやかれてはいますが、既存のウイルスを改変したとすればゲノムの変化がランダムで、その可能性は低いと思います。

核ミサイル開発・装備なら巨大設備が必要ですが、ウイルス・細菌兵器なら小さい設備で分散しても行えます。他国に秘密裏に開発しやすい一方で、「開発していないという証明」も困難です。それが問題です。もし、どこかの国や組織が開発・使用したとすると・・・当事者以外は犯人が分からない状態になります(当事国においてさえも一部の者しか犯人を知り得ない)。被害を受けた国の武力が大きければ、自国にとって敵対する・都合の悪い国や組織に濡れ衣を着せることができます。「人の国の所為にしなければ都合が悪い国内事情」があればとりわけ! 一方、濡れ衣であろうと無かろうと、疑いをかけられた国や組織は無実を証明する手段がないことになります。濡れ衣でも証拠をでっち上げ・友好国に信じさせることができれば、防衛を口実に先制攻撃を行えます。攻撃が仕掛けられれば、反撃せざるを得ませんし、両者の友好国は集団的自衛権を口実に参戦できる・あるいは参戦を強要され、戦争の巨大化が期待できます。戦争はそれ自体感染症の拡大には効果的ですし、反撃もその種の兵器が使用される事もあり得ます。戦線が拡大すれば、難民もできますし、飢餓・貧困、住環境の悪化、負傷などで感染症の拡大には更に効果的です。そして、誰もいなくなった・・・と。

通常兵器や核兵器も感染症兵器に対しては何の防衛力にもなりません。普段から仮想敵国の脅威をあおって多額の装備を買っていたとしても、防衛には役立ちません。他国の攻撃には有効だったとしても。結局、前回論じた「感染症に強い社会構造」や「余裕のある経済構造と連動した国際協力」などが、最も有効な防衛力強化策と、私は思いますがいかがでしょうか?

戦争には至らなかったとしても、ウイルス・細菌兵器の疑いをかければ、国際関係は悪化しますが、無実の証明も難しいので、関係改善は困難です。それが兵器であっても、無くても(単なる感染症)、濡れ衣でも(第3国・組織の仕業)。国際関係悪化や関係不審は、感染症対策への協力関係も阻害するはずです。ますます、ウイルスや細菌の増殖にとっては有利になります(ただし、協力してもやり方によっては強毒化・強感染力化させてしまうこともあり得ます)。被害を受けるのが対立する両者(国・組織)だけ、なら自業自得ですが、大国同士の対立・協力欠如は、周辺国、そして、より経済的脆弱国にしわ寄せが来ます。国際格差の問題でもありますが、そもそもなぜ、そんなに格差が生じたのでしょうか? それが資源収奪と侵略の歴史にも、経済的内政干渉※や国際金融にも、感染症拡大にも関連すると思いませんか?・・・いかがでしょうか。
(以上、特定の読者向けに、2020年6月28日に記した文章を元に再構成しました。)

※1ナオミ・クライン「ショックドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く(上・下)」2011.岩波書店
『ショックドクトリンとは、「惨事便乗型資本主義=大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」のことである。/ショックドクトリンの最初の応用例は、1973年の軍事クーデターによるアウグスト・ピノチェト政権下のチリであるとする。チリでは無実の一般市民の逮捕・拷問・処刑が相次ぐばかりでなく、「小さな政府」主義が金科玉条となり、公共部門の民営化、福祉・医療・教育などの社会的支出の削減が断行され、多くの国民が窮地に追い込まれた。

※2感染者の推定数:通常公表されている感染者数はPCR検査で検出された数が記されています。この数値は「PCR検査で検出されていない感染者」を含みません。死亡率を算出する場合、分母となる感染者数どう見積か(何を使うか)で大きく違ってしまいます。たとえば、抗体検査などで推定された数値等を使うと、検出されていない感染者の見積がずっと大きくなって、死亡率の推定値が下がることになります。一方、死亡者数の方も、超過死亡分析(今年の死亡者数を例年の平均と比べる)などから推定すると、かなり大きくなります(見逃した不自然死や関連死が加わる)。

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