「消費税撤回論」にかこつけて、かの主張とは逆に、「消費は罪であり、罰を受けるべきだ」との過激な論を展開していますが、「持続的で無理をしないで済む経済の仕組み」を考えることが目的です。これを考えるために、長谷川氏※1の論ずるように「先輩である」生きものに学びことが必要と思います。すなわち、縮む社会(経済)に対応できる社会・経済システムが必要になります。加えて現在の経済活動が地球環境に多大の害を与えていること(膨大な害を与えていることを前提に経済がまわっていること)、既にヒト間の経済格差が深刻であること、経済のグローバル化が進んでいることなどの現状を考慮する必要もあります。何より問題なのは、悪質な者ほど加害を認めない傾向にあり、放置して事態をより深刻化させることです。さる歴史学者は「歴史は韻を踏む」と表現されていましたが、私としては水俣病や鉱山開発が思い浮かびます。たとえば、水俣病では、学者を動員して「有機水源説」を否定させたり、効果のない装置を設置して対策したことにしたり、廃水採取を妨害したり(ネコ発症の再現試験を阻止するため)・・・です。後者に至っては、加害認識を吐露している様なものです。もし、排水が無害と信じているならば、むしろ積極的に発症試験に協力しても良いはずです。ネコが発症しなければ無害を推定できますが、発症を予想したからこそ排水採取を妨害する必要があったということになります。
これが温暖化問題なら、文字通り「人類滅亡のシナリオ」になりかねません※2。もし、対策をとらずに化石燃料を燃やし続けたと場合、最終的には熱暴走が止まらなくなるはずです(金星の様な状態まで)。そのメカニズムですが、植物は高温になりすぎると光合成で得られるエネルギー量より呼吸で消費される量の方が多くなってしまいます(例:アカガシの場合35℃ぐらいで)。その温度は樹種によって異なりますが、熱帯樹種でも耐えられる温度を超えた状態が続くと、熱帯林全体が枯死することになります。その場合、土壌からも二酸化炭素は排出されますし、火災も起こります。場所が泥炭地ならば、泥炭に火が付けば間単には消えません。一方、寒冷地では、氷河などが溶け、地面がむき出しになると熱吸収量が増えて温暖化します(表面反射率が下がり、宇宙への放射が減る)。より深刻なのは、永久凍土地帯です。永久凍土が溶けると、その下にあるメタンガスが排出されます。このメタンは、二酸化炭素より遙かに大きい温室効果(放射強制力)を持つので、より以上に温暖化を進めます。温帯林も当然枯れているでしょうし、樹種の移動も間に合うはずもありません。
熱帯林が枯れるような事態まで進んだ場合、元に戻る要素が何もないのです。温度が上がっていくと、地殻に吸収される水の量が増える一方、蒸散する水の量も増えます。地表面に液体の水がなくなると、その自動温度調節機能を失います。海もまた、酸性化と温暖化にさらされます(一般に海の生物の方が温度変化に脆弱)。かくして地球は死の星に。地中深くの古細菌類はどこまで生き残れるかは分かりませんが。なお余談ですが、これが逆に寒冷化なら、全球凍結になったとしても、元に戻る可能性はあります(過去に何度かあっても戻っている)。
この様な状態になる前には深層海流の循環が止まって気温が激変し、局地的で極端な寒冷化や温暖化が起こるかも知れません。それがなかったとしても、ヒトが作った作物は環境変化に弱く、食糧生産に大打撃を受けることが予想できます。現在でも資源や領土を巡って戦争が絶えない状態ですから、より多発・激化しないはずはありません。加えて、持てる者(資本や企業)は情報もいち早く入手できますから、青田買いです(収穫する前に収穫物を自分の所有にする)。更により利益の出る売り方を実施するので、より以上に飢える人が増えます。戦争や紛争というより「ガザ」が地球標準、食料も武器も持てる者が好き放題人を殺すという状態に。貧民のジェノサイドの次には持てる者同士の争いにも発展します(こちらも韻を踏んで)。この場合には全面核戦争やAI兵器同士の戦争も起こり得ます。後者の場合、実はAI同士が手を組んでいて、ヒトを絶滅させるというオプションもあります。
では、「削減交渉」が進んだ場合はどうでしょうか? うまくいくに越したことはありませんが、前回の様に「削減策」と称して多額の公金を使った上、実質は温暖化を加速させるという逆効果になるケースもあり得ます(こちらも水俣病の韻を踏む)。もっと悪いケースは「ロンドンの軍縮会議」の韻を踏ことです(軍縮の為の話し合いが、離脱者が出ることなどにより、結果として軍拡や戦争に繋がった)。30年以上前の本ですが、「ジオ・カタストロフィー※2」(「地球破局」の意味)には、一度は「統合」と「調整」に向かって進んだのですが、33年後に「対立の激化とエゴイズムの蔓延」により人類滅亡に至るシナリオが紹介されています。
「戦争」も「環境」も結局はガバナンス(統治)の問題です。たった一人の違反者でも崩壊に至ります。また、犯罪者の合意が得られなければ罰せられないとすれば、事実上罰せられないことになります。現在においても戦争犯罪者が罰せられ様に。また、社会も経済もグローバル化していますので、地球ガバナンスの問題と言えます。なお「環境」の罰の方は、経済的手法に置き換えることは出来ますが、被害の多くはずっと未来や、ずっと遠くの地域で間接的に生じるので、現在の不利益として行為者にフィードバックスする必要があります。加えて環境詐欺等の逆効果の防止も必要です。
(以上、特定の読者向けに、2025年10月26日に記した文章を元に再構成しました。)
※1:長谷川英祐「縮む世界でどう生き延びるか?」2013.メディアファクトリー新書
※2:坂田俊文監修/ジオ・カタストロフィー研究会編「ジオ・カタストロフィー 上巻 人類滅亡のシナリオ」1992.NHK出版
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