地球環境を危機にさらし、「生き続ける」ことができない様にしているのは、ヒトの多くが「非合理的な思い込み」を信じているからであると、私は思います。もう少し正確に表現するなら「非合理的な思い込み」に基づく経済や国際政治の仕組みに支配されているからと言えます。 前回で言及した「(核融合など)二酸化炭素を出さないエネルギー源を得られれば、エネルギー問題は解決する。」も、「非合理的な思い込み」の一例です。エネルギーを使えば熱になりますので、何桁も量を増やしていけば、その廃熱だけで気象影響が破壊的になってしまいます。「持続的な経済成長」も然りです。地球は有限ですので、無限に増加する要求に対応できるはずはありません。地球環境はむしろ、劣化※1する一方なので、生物圏全体で循環再利用するなど、定常性を維持する様に進化してきたからこそ、多様な生物が存在し続けてこられたのです。生体のバランスを壊して(自律制御を外れて)自己増殖する様な細胞は「癌」と称されますが、人類の行為はまさに「地球の癌」です。自己増殖が目的化し、有害・非分解性の汚染物質を増やし続けるのであるならばです。
「GDPが豊かさを表す」「GDPが増えると豊かになる・幸せになる」などのGDP神話も「非合理的な思い込み」の最たるモノです。GDPは確かに経済規模の大きさを表すには優秀な指標です。ですが、その値(増加)が、社会的に何をもたらすかは別問題です。地球全体や長期的な観点では、むしろ、貧困者を増やし、経済の悪化をもたらします(必然的にそうなる期待値が極めて高い)。なぜならその量の増減には以下の様な特徴や、GDPそのものの構造(物理的な次元)によるからです(☆)。
・環境加害(与える害毒)と切り離された量である。(→環境加害の悪影響がほとんどフィードバックされないので、必然的に害毒を増やして儲ける・押しつけられる方が増加させ易くなる。)
・社会的価値を反映しない・必要性を満たすとは限らない。社会的不利益も増加に寄与する。※2 (→必然的に社会的価値が軽視され、利益性が優先される。)
・ストックの蓄積(所有物などの増加)を意味しない。使い捨てさせ方がGDP増加に寄与する。
☆GDPの単位は通常1年当たりの金額であらわされる。したがって、
GDPの物理的な次元は[金額]/[時間]になる。
「GDPの増加」の物理的な次元は[金額]/([時間]×[時間] )になる。
→このことは、[金額]を[距離]に置き換えれば速度や加速度を表す物理的次元になる様に、GDPは単位時間に流れるお金の量、即ち、お金が流れる速さに相当し、GDPの増加はお金の流れの加速に相当します。
よって、持続的な経済成長の指標として使われる「GDPの持続的成長」は、お金の流れを加速的に早くすることを意味します。物も人の時間も使い捨てられる、まるで時間泥棒に出会った如くです※3。ちなみに、これには「お金の利子」にも関係するのですが(後述予定)。
続いてより問題は「市場原理」です。「市場が社会的必要性を満たす」「市場は万能」だと信じている人がいるとすれば、それこそ「非合理的な思い込み」そのものです。市場は個人の欲望を満たすように働きますが、必要な人に必要な物が届くことを保証しません。社会全体ではお金の力に翻弄されます。格差が大きければなおさらです。成長を求められた場合、商品(の性質)によって、その「伸びしろ」が異なることも一因です。「商品弾性率※4」の違いとして説明されています。
「商品弾性率」は、所得の増加率と、購買意欲の関係を、商品の性質ごとに、比率を考えたものです。商品群の性質によって、この比率の関係性(描くグラフ)が異なるのです。(嗜好品ではない)基礎的な食糧などは、お金があるからといって、そんなに量を増やすわけではありません。家電などあると便利な物は、ある程度行き渡ればそんなに売れなくなります。麻薬の様にあればあるほど欲しくなるものや依存症を誘発するものは(規制がなければ)いつまでも売り上げを伸ばすことが出来ます。このことを、提供する産業の方から考えると、成長が求められれば求められるほど、より容易に成長できる産業にシフトしていくことになります。したがって、人(の時間)も物もお金も、より必要性の低い産業(場合によっては有害な産業)に集約させることになります。地球環境に与える害が大きければ将来はもっと悲惨です。その上、各産業は成長に資するため、製品寿命がより短くなる方に、付加価値と称するモノを付けて高く売る方へ努力することになります(ますます資源等の浪費になる)。どの産業も努力した場合、やはり、食糧などの生活必需品の産業は、物理的な制約もあり出来ること・効果が限られます。成長競争には負けますので、そういった産業に占めるGDPの割合が減っていき、その産業で養える人口も減っていくことになります。ちなみに、この場合お金だけでなく、「票」にも繋がりませんから、政治的発言力も低下し、ますます邪険に扱われることになります。あるいは、国際的な経済格差があるので、輸入に切り替わったり、いわゆる外国人労働者を雇う・増やしたりすることにもなります。何が起こるでしょうか?
もし、市場原理が働くのであれば、「社会的に必要性が高く、かつ、労働力が不足している」場合には労働賃金が高騰しても良いはずです(逆に低賃金のままである。税金や保険で補填してもなお)。市場原理主義を標榜する経済学者は、いったい何を考えているのでしょうか?
(以上、特定の読者向けに、2025年12月19日に記した文章を元に再構成しました。)
※1:物理的な必然性として、汚染物質が溜まっていったり、有効な資源がへっていったりする状態になる(ことの表現)。
※2:例えば、無料で渡していた品に値段を付けて売っても、必需品を独占して値をつり上げて儲けても、戦争を起こして武器や復興需要で儲けても、いずれもGDP増加には寄与する。
※3:ミヒャエル・エンデ「モモ」1976.岩波書店
河邑厚徳/グループ現代「エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと」2000.NHK出版
※4:糸川氏がその著作に中で使っている言葉。/参照:糸川英夫「人類は21世紀に滅亡する!?」1994.徳間書店
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