ボリビアで何が起こったのか? クーデターなのか?(パブロ・ソロン)

ボリビアで起こっている事態についてのパブロ・ソロンさんの見解を掲載します。モラレス大統領が辞任し、メキシコへの亡命を明らかにする少し前の時点での執筆ですが、ボリビアで何が起きているのか、この事態をどのように考えるべきなのか、について示唆に富む意見が述べられています。

ボリビアで何が起こったのか? クーデターなのか?
パブロ・ソロン(元ボリビア国連大使)
11月11日

1 エボ・モラレスは二〇年一月二二日に非常に人気のある大統領として三期目の任期を終えることもできたし、四年後の二四年に再度立候補し勝利することさえできたかもしれない。強引に四選を目指さなかったならの話である。
しかし彼はボリビアの大統領として、①一六年に彼の再選を認める憲法改正が国民投票で否決されたことを承服せず、②一七年には憲法裁判所に、再選は一度だけとする憲法の条文の効力を停止させ、③一〇月二〇日に実施された選挙で、第二回投票を回避するため、および与党が議会の過半数の議席を確保するために不正を犯した。

2 政府は次のような重大な不正行為が判明しているにも関わらず選挙での勝利を宣言した。①選挙当日に開票速報が突然、不可解な状況で中止された、②開票速報を委託されていた会社が、中止の指示は最高選挙裁判所(TSE)の長官からだったこと、および電力とインターネット接続が切断されたため作業を継続できなくなったと言っている、③独立的アナリストおよびラパス大学管理者が種々の選挙法違反行為を明らかにしている、④選挙裁判所から選挙の監督を委嘱された会社が選挙のプロセスはいくつかの理由のために不正であり無効であると宣言している、⑤エボ・モラレスの政府によって要求され、米州機構(OAS)によって実施された選挙監査の報告書は、「現在の選挙の結果を検証できなかった」と結論付けている。

3 政府は選挙の不正によって引き起こされた怒りを無視しようとした。当初エボ・モラレスは抗議運動がカネや学校の成績で買収された一握りの若者たちによるもので、この若者たちは道路封鎖の方法も知らかったと言っていた(彼は若者たちに道路封鎖の方法を伝授しようとさえ提案した)。その後、ストライキがすべての都市に広がる中で、彼は脅迫の戦術に訴え、彼の支持者たちが都市を包囲することにゴーサインを出し、「抗議運動が持続可能かどうか」を見ようとした。対立と暴力は多くの死と数百人の負傷をもたらした。都市での道路封鎖とストライキを鎮静化するどころか、運動はますます激しくなった。

4 政府は抗議運動をファシストと人種差別主義者によるクーデターとして扱った。反動的な右翼勢力が抗議運動を祝福していることは事実である。サンタクルスの市民委員会の主要なリーダーであるルイス・フェルナンド・カマチョは極右組織「クルセニョ・ユース連合」に属している。しかし、他の都市では抗議行動は独立的なグループによって異なる形で展開されており、右派と左派の両方の政治家が主導している。ポトシでは選挙以前から反政府運動が急進化していた。これは政府がウユニ塩湖での水酸化リチウム(蓄電池などの用途に使われる)の生産に関して七十年契約(採掘権料なし)を締結したことが発端となった。ラパスの場合、民主主義防衛全国委員会の主要なリーダーの中に、エボ・モラレス政府の下でオンブズマンとして活動し、一一年のTIPNISにおける先住民族[居住地を分断する道路建設に反対していた]に対する弾圧などの人権侵害を非難した二人が含まれている。一方、選挙でエボ・モラレスと争ったカルロス・メサは新自由主義政策を進めたサンチェス・デ・ロサダ政権で副大統領を務めたが、自身の組織的な基盤を持たず、選挙のために反政府派に担ぎ出され、そのまま抗議運動の主要なリーダーの一人となった。ボリビアで今起こっている反乱は主に権力の濫用に反対する自然発生的な行動であり、特に若者たちが先頭に立っている。

5 政府側にも反政府側にも先住民族と労働者がいることをはっきりと認識することが重要である。政府は明らかに農村部ではより多くの支持を得ているが、反政府派にもユンガス地方のコカ生産者や、農民リーダー、鉱山労働者、医療労働者、教育労働者が参加しており、特に中流階級出身の学生も労働者階級出身の学生も含まれている。これまでの紛争の時とは逆に、人種差別を煽ったのは政府の側であり(「抗議運動は政府を支持している農村の先住民族の票を奪おうとしている」と非難した)、抗争の中では双方の側から人種差別的な攻撃が行われた。アイマラとケチュアの人々の旗であるウィファラを燃やすという行為は絶対に許されない。しかしソーシャル・メディアでは抗議運動に参加している多くのグループもそのような行為を非難し、ウィファラを擁護している。

6 警察は当初、封鎖を攻撃していた政府支持派のグループを防御した。最も象徴的な事件はコチャバンバで起こった。ここでは若者たちがMASの支持者および警察と激しく衝突した。エボ・モラレスの政府は抗争が続いている間、警察の支援を確保するために三千ボリビアーノ(431米ドル)の「報奨金」を与えた。数日にわたって住民との衝突を繰り返した後、警察は反乱を起こした。これは警察の最高指揮官が下した決定ではなく、現場警察官による決定だった。政府は警察と交渉を試み、現場警察官から最も強く非難された一部の指揮官を交替させたが、反乱は駐屯地の大半の警察官に拡大した。警察は若者の抗議行動の弾圧をやめ、それによって力関係が変わった。

7 デモの全期間にわたって現認されているように、軍の最高司令官たちはエボ・モラレスの側に立っていた。ボリビアで軍は給与の100%に相当する年金を受け取ることができる唯一の公共部門である。モラレス政権の下で軍人たちは多くの便宜を受け取り、国営企業や大使館への転職もできた。しかし、軍司令部の政治的計算では、街頭デモの鎮圧に出動することは高いリスクがあった。前政権の下での〇三年一〇月の虐殺の時のように、後で訴追を受けたり投獄される可能性がある。そのため軍は反政府デモの弾圧のためには出動しないことを決め、OASからの監査報告を聞いた後、エボ・モラレスに辞任するよう「提案」した。軍は権力を奪うことを意図したのではなく、自らの利益と組織を守ろうとしたのである。

8 全国の多くの都市の現在の状況は極度の緊張、暴力、破壊行為によって特徴づけられる。政府や野党関係者の多くの建物が襲撃され、放火されている。テレビのスタジオや放送塔も攻撃を受けた。一一月一〇日夜には破壊者のグループと一部のMAS支持者がさまざまな都市のさまざまな地域を攻撃した。地域の住民たちは事業所、工場、薬局、公共交通機関に影響を与える攻撃や略奪から地域を守るために自らを組織している。

9 エボ・モラレスは口頭で辞任を表明しただけであり、まだ議会に辞職届を提出していない。TSEの長官と審査官は逃亡しようとした時に警察に拘束された。一般的に言えば、権力の空白の状況を制度的手段によって、議会を通じて解決しようとする傾向がある。しかし、そのためにはMASが3分の2以上を支配している議会がエボ・モラレスの辞任を受け入れ、可能な限り短い期間で新しい選挙を実施する暫定大統領を選出する必要があるため、この戦略は容易ではない。MASの議員たちが制度的手段による危機の解決の道を円滑にしければ、政治的空白が一層の破壊行為、暴力そして報復の拡大をもたらし、極度に危険な状況を生み出す可能性がある。

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